当番ノート 第8期
ベンチで友達を待っていたら、隣に座っていたおばあさんの手のひらに四葉のクローバーがあった。それはとても立派な大きな葉をしたクローバーで、おばあさんはとても大事そうにその葉をゆっくりと触っていた。 「拾ったのですか?」と思わず声をかけた。 お花が趣味のお友達にもらったのだと言った。 これを紙で挟んでおしばなにするそうで、中心が紫色の美しいクローバーをもちあるいては、時々ひろげては見ているのだと云う。…
当番ノート 第8期
目が見えない人が見える人の世界を想像しがたいように、耳が聞こえる人が聞こえない人の世界を知りがたいように、痛みを知らない人が、他者の痛みを想像するのは、宇宙の外側、死者の国を想像するよりも難しい。 北の小さな港町で、生まれ故郷を喪失しながら祖母は育った。町いちばんの美しい男のもとにうまれた彼女は、他の子たちとはあきらかに異なる風貌をしていた。大きな二重の瞳、高い鼻梁、ばら色の頬、こどもたち…
当番ノート 第8期
最近いろいろな機会をいただき いろいろな場所で いろいろな出会いをいただいています。 今までは考えられないような ところや ひとや。 でも、お話しをしてみると すきな事・・ すきな物・・ 感動すること・・ 大切に思うこと・・ 一緒だったりします。 そんな話をしていると時間を忘れてお話しをしてしまいます。 ふっと思うのです。 実は出会う前からもう、つながっているのではないかと・・・ そんな出会いを求…
当番ノート 第8期
いつから絵を描いていますか、という質問に「物心ついた時からずっと描いている」と答えることに憧れがあります。しかし私はどちらかというと工作が好きな子供で、学校や保育園で求められるとき以外に絵を描くことはありませんでした。 自分から絵を描くようになったのは小学校の六年生、そのころに自分の部屋が与えられました。姉に借りた漫画の表紙絵を色鉛筆で模写していたのが始まりです。それからだんだんとひとりの部屋で絵…
当番ノート 第8期
3.14 という数字が好きだ。 初めて円周率を教わった時、その数字が永遠に続いていくいうことに とてつもない驚きとそういう存在に対しての畏れのようなものを感じたのを覚えている。 子どもの僕には何でもできるかのように見えていた大人たちがこぞって考えてみても、 その答えは見つからないと言っていたのだ。 自分などには到底理解の及ばない存在を知って、 とにかくワクワクした。 でもそのあと、「永遠」がなんと…
当番ノート 第8期
シド・ドレイクは空前絶後の天才ギタリストだった。フィードバックを多用した、彼のエレクトリックギターによる演奏は大変なものだった。時には滝を思わせるノイズの飛沫(しぶき)を撒き散らし、また時には春の陽ざしを思わせる輝くフレーズを降り注がせ、別のある時には宇宙空間へ誘(いざな)うような倍音に満ちた音の塊を放出する。彼はたった独りでステージに立ち、それを生み出した。シドのギターの音を浴びた者は、その度に…
当番ノート 第8期
好きな映画は、と問われたら山のようにあるけれど ヴィム・ヴェンダースのパリ・テキサスは間違いなくその中の一本に入る。 最初に見たのは確か18頃で、映画が大好きだった彼に薦められてみた。 よく読んでいた荒木陽子の「愛情生活」にも紹介されていた。 色彩が男らしく、砂漠をすたすたとひたすら歩く 赤い帽子をかぶった主人公のトラヴィスにすっかり脳をやられてしまった。 愛する人を胸に抱えた人は時々悲しく写る。…
当番ノート 第8期
幸せな結婚は、凍らせた花束に似ている。色鮮やかだが冷たく、花びらにふれれば硝子の糸のように崩れ落ちる。 茶道と華道をたしなむ深窓の令嬢が茶せんを捨て、女手ひとつで料亭を切り盛りするまでにいたる道には、打ち砕かれた千もの硝子の花束が散らばっていた。 曾祖母は、白くほっそりとした手を持つ旧家の長女として生まれた。水仕事や力仕事を知らず、その桜色の指先は、花を手折り、刺繍針をおどらせるためにつ…
当番ノート 第8期
今日の記憶を僕はどれだけ覚えているのだろう。 疲れを引きずったまま目覚めた朝のこと 朝食で美味しいタケノコを食べたこと いいお天気のなか、大好きなサボテンを眺めたこと 日々起きるいろいろなこと。 僕が生きて行くなかで全てのことを記憶することは不可能だし 忘れてしまわなくては前に進めないこともあるのだと思う。 嬉しいこと、楽しい事、悲しい事・・・ 僕にしか分からない、ちょっとした心のひっかかり。 そ…
当番ノート 第8期
なにかしらの表現をする上で避けられないのは取捨選択で、好きなもの、気になるもの全てを吸収し作品に消化することはできません。出来上がった形の外には選択されなかった成分が澱のように漂っていて、それは誰にも気づかれません。 今回の絵はそんな澱もぜんぶ画面の中に入れてしまおう、思いついたことぜんぶ書き出していってみよう、と描いたものです。 まず描いたのは枠線。何を描いてもなんとなくまとまって見えてくれるの…
当番ノート 第8期
マーブルは人生の優しい味がする。 子供のころ、お菓子といえばプレーンやチョコレート味なんかが主だった。 ところがあるとき突然マーブルという種類のものが登場した。(最近はあんまりみないけど) 僕はそのマーブルという食べ物にそれはとてもとても驚いたのである。 こんな食べ方があるのかと。 プレーンとチョコレートの部分がきちんと混ざり合ってなくて、 ある部分はプレーンで、ある部分はチョコレートというなんと…
当番ノート 第8期
およそ10年前、わたしは現実と夢幻による結婚の仲人をつとめました。時に衝突しながらも、彼らは愛し合ってきました。ずっと昔から、彼らはあまりにも深く結びついていて離れられずにいたし、これからも離れられるわけなんてないでしょう。彼らはまさに、二人で一人のようなものです。現実はその圧倒的な確かさと豊かさで夢幻を魅了し続けてきたし、現実は夢幻の大らかさと彼女の天真爛漫な生き方に憧れを抱き続けてきました。二…