当番ノート 第9期
誰かとの時間を共有するということは、 共有している相手の時間を、 一時の命を、わけてもらっているということだと思う。 先日夢に、しばらく会っていない、おそらくこれからも会うことのない人が現れた。 もう何年も会っていないのに時間は今を流れていて、 たまたま再会して、互いの近況を語り、別れるという、 なんの面白みもない、いつもの夢で起こる不思議なことがなにも起こらない、 ごくごく自然に起こりそうな日常…
当番ノート 第9期
空の青も 海の青も 例えば思い出の青も 全部全部 自分の好きな色なのです。 大学生の頃撮った まだ青い自分の 青い写真。
当番ノート 第9期
生き物の中身を、私は見てみたいと思う。 生きている私。呼吸をして動く、動物の、その皮膚の内側。そのからだ。こころ。 私は私の中身を見たことがない。 大学に入ってから、動物の骨を標本にする活動を始めた。 純粋に骨への関心もあったけれど、私にとってその一連の作業は骨格標本を完成させることを目的としているのではなかった。 私は生き物の中身を、この手と眼で、直接確かめたかった。 知っていますか? 生き物の…
当番ノート 第9期
長男が生まれる年の、ある夏の日の昼下がりのこと。 途轍もない音をたてて激しい夕立が降ったことがあった。 それは、家の屋根が落ちてしまうんじゃないかと思うほどの勢いで、 おまけにお腹にずっしりと響くような雷の音が遠くから聞こえてきた。 妻と僕は玄関の扉を開けて、ばちばちと音を立てて落ちてくる無数の雨粒をびっくりしながら眺めていた。 ずどーん! 大きな雷の音が遠くで鳴り響いた。 その瞬間、クーラーやス…
当番ノート 第9期
夏、夏、夏日。昼下がりの太い気温。指にたとえたら、ごっつい親指の腹みたいな。職人さんとか、親方とか、そういう人の強い指。 私の指はきれいに動く。仰向けで、板の間の床に背中の全部をつけて、指先まで反らせてみた。 天井には海岸線のようなシミがある。海面が上昇したように、去年よりも範囲を広げているような気がする。 扇風機が顔を振り、電灯から下がっている紐についた天体が、ちいさな楕円軌道を描いてい…
当番ノート 第9期
与えられなくても、与えることは出来るんだって。 やさしくされなくても、やさしくすることは出来るんだって。 接しなくても、見守ることは出来るんだって。 泣くことは、悪いことじゃないんだって。 簡単なことほど難しいし、難しいことほど簡単なんだって。 いつかの冬に、言われたんだ。 「結局良知くんはさ、愛したいし愛されたいんだよ。」って。 言われた途端、涙が出たんだ。 今はもう、夏だけどね。
当番ノート 第9期
. . . . あの物語は、つづく。 . . . .
当番ノート 第9期
かれこれ5年近く、わたしは毎週靴教室に通っている。 もともとは友達が通っていて、いろんな作ったものを見せてもらったり話を聞いていたらすごく興味が湧いてきて、 紹介してもらい、わたしも彼女とは別の曜日のクラスに通うようになった。 「靴教室に通っています」というと、よく「靴職人を目指しているんですか?」と聞かれるけれど、そういうのではなくて、 そもそも「靴教室」というのに語弊があるかもしれない。 わた…
当番ノート 第9期
突然不可解な音に目が覚め起き上がった。 部屋は明るい。けれど外はまだ暗いみたいだ。 どうやら机の上のケータイが鳴っていたらしい。 光っているケータイを見る。 「メール1件」 しかしなぜだかメールを開くことができない。 なんでだろう。どうやらバグってしまったようだ。 ふと気になり 部屋の時計を確認する。 「午前4時04分」 まだ3時間しか寝ていないらしい。 ついさっきまで寝ていたというのに 頭が覚醒…
当番ノート 第9期
人はみんな一冊ずつ、辞書を持っている。 それぞれがかたときも離さずずっと持ち歩くそれ、 自分以外のだれかに伝えたいことが浮かんでくると、私たちはそのページをめくる。 知っていますか? 心の中にある気持ちやイメージは、すべてが言葉にできるわけじゃない。 言葉はひとつのカタチだ。実は万能じゃないもの。 みんなが何かを共有するために、今一番広く知れ渡っているひとつのカタチ。 だから私たちはなにか人に伝え…
当番ノート 第9期
何の前触れもなく僕らの街を襲った大地震。 彼女の住むあたりはかなり震源地に近かったと思う。はたして無事なのだろうか? 僕は一縷の希望を抱いていつもより早く学校へむかった。 登校している生徒はまばらだった。それもそのはずた。 こんな日に登校すべきなのかどうか誰もわからない。 それくらいのショックと不安があったし、もちろん被災した生徒もいたと思う。 そもそも学校自体がまだどうすべきかという体制を整えら…
当番ノート 第9期
いらっしゃい。の声に、「ビールと揚げ餃子、冷奴とポテサラに、あとでししゃも」と伝えてからこっち、俺はカウンターでずっと発声はない。 やっこの角に箸を入れてすぐ、無言で二杯目が出された。点けっぱなしの小さなテレビの中で二塁打を放ち、幸先良く出塁した選手が上気した顔で歓声を浴びているとき、揚げ餃子が置かれた。 大げさにリードしては塁に戻り、揺さぶりをかけていたランナーは、結局長いあいだ滞在した塁…