長期滞在者
しばらくお休みを頂いて、みつきぶりに私は「わたし」のままで『アパートメント』に戻ってくることができました。おひさしぶりですとはじめまして、古林希望です。 ✦ 脳腫瘍の手術を終えてはや(私には十二分に長かったけど)ふたつきが過ぎました。 私は今手術を行ったT病院脳神経外科から転院してN病院リハビリテーション回復科というところにいます。 現実はなかなかドラマのようには行きませんね、権威の手によって手術…
当番ノート 第15期
六月の朝。 田んぼで、蜻蛉が羽化する。 羽根に、朝露。 一秒一秒、スローモーションのように広がる、世にも美しい羽根。 細胞からしたたるような、まばゆい水滴が乾くまで、彼は飛び立たない。 稲の葉を宿り木に、ガラス細工みたいな羽根を広げ、数時間、待つ。 息を止めて そっと近づき、自然が生み出した ‘宝石’ のような生物に見惚れる。 ちょうど、蜻蛉が生まれる頃、田に、草が生えてくる。 上の写真、手でつ…
虫の譜
夏、妻の実家の岡山に帰省すると、一日は鳥取の丈母の実家にまで足をのばす。途中、岡山県北の鏡野にある郷土料理の店に立ち寄るのが恒例になっている。風の通る座敷に座って、山里の風景を眺めながら昼食をとる。囲炉裏で焼かれた串刺しの山女、山菜の炊き合わせにカリリとした天ぷら、紅白のなます、そして発酵が進んで強烈に舌を縮ませる漬け物とごはん。三年間、変わることがない。 昨夏、ちょっとした事件があった。食事を終…
当番ノート 第15期
重たげな八重桜も咲き終わった五月の中頃、彼が箱根で学会があるからその帰りにどこかで待ち合わせをして旅館で温泉を楽しんでみないか、と言って来た。そういった恋人同士での温泉旅行など学生時代から今まで経験もしたことがなかったら、それこそ30代にして初めてのランデブーである。箱根湯本の駅で彼が現れるのを、次から次へと通り過ぎる人々の流れの中で踏みとどまる様にして待っている間も、人里離れた少し鄙びた山間を流…
当番ノート 第15期
昨年の末頃、「 考える人」という季刊誌のインタビューを受けました。テーマは『日本の「はたらく」』。「今の仕事を天職だと思いますか?」と尋ねられ、天職なんてない、わたしはただただラッキーだっただけ、というような答えをしたかと記憶しています。 なすべきことをただなすだけ。先週のエントリーはわたしが直接見知らない方々のもとにも届いたようで、きっとその方たちもご自分がこれと思えるものに打ち込んでおられるだ…
当番ノート 第15期
田植えが終わって、まず繁殖するのが、微生物と、緑藻です。 はなれて見ると、田んぼは、まるで水鏡のよう。 空が映って、美しい。 近づいて よく見ると、水の中では、ミジンコたち微生物が大発生。 微生物たちの動きは、とてもユーモラス。 飛んだり跳ねたり泳いだり。 意思があるよう。 彼らも、楽しそうに生きてるなぁ…と作業の手を止めて、見つめてしまう。 写真右下には、タニシやモノアラガイもいます。 農薬を控…
長期滞在者
先月の長い「話の枕」にうんざりした人も多いでしょうから、今月は簡潔にいきたいと思います。 先月あれだけの時間をかけて書いたことをおさらいするならば、要するに、「目の前のことがらを認識(=言語化)するために、人間の脳は膨大な量の視覚情報をスキャンするように取り込んではその大部分を捨てているらしい」ということです。(67字ですんじゃった!) 僕は人物の写真を撮る仕事をしているので、同じ被写体に何度もシ…
長期滞在者
何かを得るために努力しなければならないと、生まれた頃から世間は押し付けてきた。学校に入るための努力、大学に入るための努力、社会人になるための努力、写真家になるための努力、何か名前やステータスを得るために、この世界ではどうも努力しなければならないらしい。「努力」という漢字の中にさえ、僕を産んでくれた女の力が見える。 母ちゃん、ごめんね。30年間生きていて、僕が本当に幸せだと思ったことは僕の努力なしに…
当番ノート 第15期
ぼくが子供の頃、所謂上級国家公務員だった父と、その父の影にぴたっと寄り添う母、そして父の社会の中での安定した肩書きと地位に守られて綿雲の中にいるかの様にフンワリと心地良く、世の中の醜い場面を見ることなく守られたバブルの中で暮らしていた。当時の父には直属の部下が数多くいて、父の一声で皆が集まって来た。そしてその奥様達も母の元に慕って常に集って来る様な環境で、ぼくは世の中の仕組みがどうなっているのか、…
当番ノート 第15期
フープとともに踊ることで外界と接続できる、前回わたしは自身の身体感覚についてそう書きました。しかもその外界とつながる手段を、さいわいにも生業とすることができています。 一生続けたいと思えることに喜びをもって取り組むことができ、それを社会に受け入れてもらえていて、決して豊かではないながら口に糊することができている。大変に幸運でありがたいことです。 しかし、わたしの仕事というのはやはり特殊で、ひとの生…
長期滞在者
“white lies”-are not a problem 課題に渡された英字新聞には、そう書いてありました。 「白い嘘」は問題にはならない、と。 重大な出来事を前に、どの嘘が白くてどの嘘が黒いのか。 ぼくはわからなくて、混乱する。 「白い嘘」を日本語では 「嘘も方便」と言うらしいけれど。 あの人はどうして、「嘘」をついたのだろう。 それが白でも、もしかして黒でも。 「人…