当番ノート 第15期
ぼくは二十代の後半まで、まるで英語が話せなかった。これから英語で話す内容を頭で組み立てているうちに初歩的な文法や発音の間違えを人前でするのが恥ずかしくなったり、話すタイミングを失って話題は既に次のトピックに移っていたりして、英語を話す事、ということはまるで濁った川の底から無くした鍵を見つけ出す様に手探りをするかの様な心許ない事だった。 日本語以外の言葉を話す、という事はぼくに違う生き方が出来る事を…
長期滞在者
先日、仕事の帰り道にどこからともなく人の話し声を聞いた。どの家から声が降ってきているのかわからなかったが、開け放たれた窓から、女性が笑いながら話している声が聞こえるのだった。そのとき、ふとナポリを訪ねたときのことを思い出した。 ナポリ旧市街、スパッカナポリの下町を歩いていたときのこと。狭い路地裏をきょろきょろ見回しながら、わたしはどこからか聞こえる無数の笑い声に気づいた。ふと見上げると、背の高いア…
当番ノート 第15期
気づいたら東京地方も梅雨が明け、すっかり暑くなりました。 連載期間中に痛めた腰も少しずつ回復に向かっています。出張続きで干せなかった梅を、今週こそ見計らって干したい(これを土用干しといいます)ところです。 実は先日まで連載回数を全8回だと思っており、前回の「遊びをせんとや」で終わりにするつもりでした。では最終回はビデオダンス作って〆ようかなどという目論みはもろくも崩れ、あとがき的な雑文で後を濁して…
長期滞在者
『すいか日誌』 7月20日 すいかを買う。私にとってみればこれ位の大きさたやすいはずだと、たまに突然発生するお得意の根拠のない自信と共に2Lサイズを抱える。大きいのは冷えていないので、とりあえずすぐ食べる用にカットすいかも一緒に購入。 いっとう好きな食べ物はすいか。迷わずすいか。どうしようもなくすいかが好き。すいかがあるから夏を生きられるといっても決して過言ではない。 冷蔵庫の中段を外して、冷蔵…
当番ノート 第15期
新米に、触れる。 毎年、ドキドキします。 今年のお米はどうかな? 草みたいな味になってないかな? 水分量はたっぷりあるかな? 米粒が、大きいかな? 小さいかな? 新米を、食す。 これもまた、ドキドキします。 風味はいいかな? 弾力はあるかな? 割れ米はないかな? 毎年、最初の一口を食べる瞬間は、緊張します。 それが、これまでの田んぼ仕事の成果、すべてだから。 このお米を売りながら、一年間、家族が生…
虫の譜
小学3、4年のある晩のこと、得意げな笑みを匂わせた父が大きな段ボール箱を抱えて会社から帰ってきた。箱を開けて、私は分厚い眼鏡をずり落として文字通り狂喜乱舞した。中身はナントカ流の生花のように大胆に放り込まれた木の枝葉と、ガサゴソ歩き回るいっぱいのカブトムシとクワガタ。三重の山中に工場を構える取引先があり、その会社の社長さんからのプレゼントだった。夜になると、工場の灯火めがけてカブトムシやクワガタが…
当番ノート 第15期
ぼく達の住んでいた家の一階には一人の女性が住んでいた。 引っ越して来て始めの数ヶ月は挨拶を交わす程度で距離を置いた付き合いだった。彼女の部屋の前を通るといつも開け放した窓からEva Cassidy やSting のFeilds of Gold の曲がそよ風がレースのカーテンを揺らしながら流れ出る様に聞こえて来た。クチナシとイチジクのキャンドルを燃やす香りがいつもそこはかとなく漂っていて、何かスピリ…
当番ノート 第15期
先日、フラフープ仲間が「The Hooping Life」というドキュメンタリーフィルムの上映会を催してくれました。撮影されたのはもう5、6年前で、登場するのはフープダンス黎明期の立役者たち。現在もなお第一線で活躍するフーパーもいれば、すでに一線を退いて違うビジネスに乗り出している方も登場していました。 連載初回にも少し触れましたが、わたしが生涯の友と決めているフープダンスは、実は大変歴史の浅いも…
長期滞在者
年を食って物忘れが激しくなった。最近のことは忘れても案外昔のことほど覚えているものだというけれど、程度問題であって、昔のことでも記憶は混乱する。だったら「鮮明な記憶」というのはいつの時期ならあるのか、という話なのだが、もしかしたらそういうのはなくても人は生きられるのかもしれない。すべての記憶は薄れ拡散し組み替えられて改竄されて、ゆっくり霧に溶けるようになくなっていくのだろう。それでもときたま、霧の…
当番ノート 第15期
ジリジリと照らす、強烈な陽射しの八月。 暑さとともに、お米のうまみも増してきます。 日ごと、稲穂の色も変わってゆく。 暑さに耐えながら、草とりの日々。 台風におののき、強風やゲリラ豪雨にあわてふためき、害虫発生時は困り果て。 気温が上がらぬ冷夏や、日照不足の時は、田んぼの神様にお願いするばかり。 風にそよぎ、黄金色に実った 稲穂たちが波打つ。 ちゃんと実ってくれたこと、今年も収穫できること。 ひた…
当番ノート 第15期
Fair weather friends 〜直訳通りのお天気の良い時だけ都合良く遊びにくる友人家族がシドニーにカナダから遊びに来ていた。本当の友人はお天気の良い時も人生の嵐の最中、曇った日が続いてにっちもさっちも行かなくなった様な時も変わらずに側にいてくれるものだけれども、どの人がFair weather friendかと言う事 は自分を取り巻く環境が嵐に巻き込まれてみないとなかなか判別できない。…
長期滞在者
ぼくたちは、ぼくたちの時間や生活や人生を ぼくたちのものだと信じて疑わない。 でもそこは、やんわりと見えない蚊帳のような網の中で 自由に思えるように操作されているだけ、かもしれない。 自分の知り得る情報から、正しいを叩き出すことは間違ってはいないとは思う。 自分の知り得る情報など、ほんの微々たる物だという自覚を持たずしての結論は、間違っていないのかな。 ぼくの日常生活に、当たり前にあるはずの「美し…