当番ノート 第28期
めぐを姉のもとへ送って病院を出ると、入口のそばに見慣れた黒い大きなバイクが停められていた。そしてバイクに乗っているのは、この島でただひとりしかいなかった。 「ときこ」 ハスキーな声が私を呼ぶ。振り返るとまさにバイクの主である、あおいがそこにいた。メタルバンドのTシャツに、革のパンツ。年中黒い格好をするあおいは、白い肌と赤茶のショートカットだけがやけに明るい。 「あおい、どうしてまたこんなところ…
長期滞在者
今年の春頃、新宿ニコンサロンでの個展を終えたばかりのニーモ君が、ちょっとした実験の個展をやりたいと相談に来ました。その結果、先週の8月4日〜7日までクロスロードギャラリーで開催された「あなたが写真を好きだから。あなたも写真を好きならば。」という、ちょっと変わったタイトルの展覧会になりました。 1枚の写真だけを飾った展覧会で、その写真も本人が製作したものではなく、ニーモ君の親戚から送られてきたものだ…
当番ノート 第28期
コーヒーカップの湯気の向こうにいる妻に向かって 「おめでとう」と言ってみた。 トーストにブルーベリージャムとクリームチーズを塗りながら 「何が?」と返しちらりとこちらを見る、彼女の少し冷たい目線が僕は好きだ。 「今日、何かの日だっけ?」 「なんとなく。きみを見てたら『おめでとう』って言いたくなった。大安吉日土曜日の朝。天気もいいし。なんとなく。」 「ふーん。」 そう一言言い放った後、妻はプチトマト…
当番ノート 第28期
薬の量を増やしてからしばらくすると、悪夢を見るようになった。暗闇の中で誰かに追いかけられる夢だ。足音だけが聞こえてくる。僕はひたすら走り続ける。細かいところは思い出せない。目が覚めると大量の汗をかき、疲れ果てている。 「たまにいるんです、そういう人が」 医者は気の毒そうに僕を見た。 「どんな夢を見ますか」 僕はもう一度今朝見た夢を思い出そうとした。けれど記憶には暗闇と足音以外何も残っていなかった。…
長期滞在者
どうしても書けない文章があった。 それはヨルダンに行く直前のこと。 批評家、随筆家の若松英輔さんによる講座、「思考と表現」に参加した。 その日は、アラン『幸福論』をテキストとして、言葉に向き合う時間だった。 この本は、私にとって、真っ暗闇の中に光が射しこんでくるような一冊で。 誰とも話したくないような時は、海辺でよくこの本を読んでいた。 この講座で「幸福のプロポ」を書いてみるという課題が出た。 書…
Mais ou Menos
まちゃんへ 最近本当に暑いね。 何だか熱中症気味なんかしらんけど体がダルイです。 先日、こっちに引っ越してきて初めて、大き目の映画館に行った。 何を見に行ったかというと『シン・ゴジラ』。なんか唐突に見たくなってすぐにチケット取って見に行った。 映画の内容はもちろん面白かったんやけど、改めて自分は“映画館で映画を見る”行為に幸せを感じるということがわかった。 家で見るのも良いんやけど、映画館で映画を…
当番ノート 第28期
生活していると良く感じることで 韓国って見せ方やアピールすることが凄く上手いなぁと思う。 洋服屋さん、カフェ、BARなどオシャレな所はだいたい良い雰囲気を出している。 写真におさめてインスタグラムやフェイスブックに投稿したくなるような感じだ。 韓国人は流行りに敏感で話題になればすぐに群がる。すぐにまた新しい流行が来てそっちに行く。 今の韓国はインスタグラムやブログにのせるためにその場所に行っている…
当番ノート 第28期
お疲れ様です。 僧侶の鈴木秀彰(すずきひであき)です。 今回で第2回目。 前回は、なぜ「人の一生に関わるお寺」をテーマにして活動をはじめたのかについてお話させていただきました。簡単におさらいすると、これまでの葬式仏教のあり方に疑問を持ち、人が集い、学び、癒される場としてのお寺本来の役割に出会ったことがきっかけでした。 今回は、そんなお寺本来の役割を取り戻すべく活動を開始した僕が、なぜ「人の一生に寄…
当番ノート 第28期
島はすり鉢状になっている。だから海に囲まれていながらも、中にいたのではなだらかな丘陵ばかりしか見えなかった。砂浜があるのは、本土へ続く橋の周りだけだ。それでも夏になれば、女たちが水着ではしゃぐ。橋へ続く大通り沿いの一軒家では、その声たちから逃れようがなかった。 まぶたを閉じていても薄明るいほどに、もう日は高い。近くの茂みでじいじいと鳴く蝉の声に混じる、女たちの黄色い声、波の音。息継ぎでもするみ…
当番ノート 第28期
あなたのことが大好きだった でもあなたは私を選ばなかった レモンイエローのワンピースがよく似合う、 あの子にあなたは夢中だった よくあるはなし よくあるはなし 彼女のことを愛していた けど彼女は消えてしまった 「駅前のコーヒーテラスによくいるプードルにそっくり。」 僕の茶色い巻き髪をいたずらっぽく触りながら、クスクス笑い ふわりとキスをくれた晩に 彼女はもう帰ってこなかった よくあるはなし よくあ…
the power sink
こんばんは。今回も絵を載せます。ではよろしくお願いします! 松の木 二股に分かれた呼吸器をつけながら腹筋をする人 顔の連結 部屋のちょっとしたくぼみに帽子を被った友達を入れてみたら、上から見下ろされ嫌な気分になった。 友達の足はかなりしびれている シワシワの中に立っている人 黒い心臓と、変わった臓器を持つ男。胃とか肺とかは無いの…
当番ノート 第28期
雨上がりの秋葉原は、酷く蒸していた。まるでサウナだ。時刻は零時前で、終電を捕まえようとする人達がぞろぞろと駅に向かっていく。僕はその流れに逆らい、末広町へと向かう大きな道を進んだ。 ベッドに入ったのが八時。眠るにしては早すぎる時間だったけれど、それ以外にすることがなかった。眠りに落ちる直前、雨が降りだした。守られているような、それでいて自分の孤独を思い知らされるような、静かな雨音だった。 目が覚め…