それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
自分の年代の子が遊んでいる場所よりも年上の人たちが遊んでいる場所が好きだ。なぜだろう。自分が普段いる場所から逃避したい気持ちと、大人になる楽しみを見つけることに単純に魅了されるからかもしれない。 今では大人になったのでそういう場所はどんどん少なくなっているけど、高校生だった私にとってのそれは、新潟・東堀通にあるライブレストランだった。当時のオーナーが長い髪をポニーテールにした背の高い美しい女性だっ…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
旅をすればするほど世界は身近に思われるようで、私の場合は途方もない広さに圧倒される。 世界は広くて、生涯で出会える人は限られているんだと思い知る。そのぶんだけ、自分と接点があった人や場所に特別な意味を見出したくなる。その意味をひとつひとつ吟味するには心のボウルの容量の限界を感じる一方で、「この出会いは特別」というようにきらきら光を放ちながら、こちらに向かって近づいてくることもあると感じている。 イ…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
「本当の」とつく言葉の意味について、立ち止まってしまうことがある。 本当の優しさ、本当の幸せ、本当の悲しみ。いつもそれに辿り着いてみたいと思うのに、いつまでも自分が手にしているもの、目にしているもの、耳にしているものが「本当の」ものなのか判断がつかないでいる。例えば、「すごく好きになった人がいたことある?」と聞かれれば「ある」と答えられても、「本当の恋をしたことがある?」と聞かれれば自信がなくなっ…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
たった一度だけ会った人と、フェイスブックでつながれる時代。 だけどほんの2時間ともにした人のことを琥珀みたいに止まった時間のまま覚えている。覚えているだけでたぶん、もう連絡を取ることはないような気がしている。あまりに素敵な時間を過ごしたので、再び偶然が重ならないならこのままにしておきたい。そんな風に思うのも、「古風だね」と言われるようにそのうちなってしまうのだろうか。 その人と出会ったのはスウェー…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
2年間、小学校へ通わなかった頃のことを話すのは、これで最後にしようと思っている。 最後、というのはこの話が人を悲しませるからじゃない。これからお話しすることはきっと、思いがけず枠からはみ出てしまった人や好きなもの以上に「嫌いなもの」がはっきりしている人をすこしだけ安心させられると思う。誰かを励ますこともきっとできるし、役に立てるかもしれない。だけど何しろ過去のお話だから、旅先で出会ったひとからの打…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
私が初めてひとり暮らしをしたアパートは東京のはずれにあって、そこには私を含め同じ女子大に通う5人の女の子とひとりの外国人男性が住んでいた。 彼はそこに暮らす大学の先輩と同棲していたのだけど、まったく「どういう関係なのか分からない」。恋人というわけでもないらしい。まだ18歳になったばかりだった私は曖昧な関係のふたりを前に動揺したのを覚えている。 初めて顔を合わせたのは引っ越しが済んで一週間くらい経っ…