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2F/当番ノート

今日について

当番ノート 第2期

いま5月30日の17:00です。
あと1時間で締め切りの時間だけど、
何も書いていません。
仕事を1時間休むことにしたので、
この1時間でなにかを書こうと思います。

いま僕は東京都渋谷区代々木にいます。
空室になっている会社の会議室で書き始めました。
テーブルのうえに僕のノートパソコンがあります。
会議室の壁にはスチール製の本棚が7つ並んでいて、
美術関係の書籍が息苦しいほどに詰め込まれています。
少しまえに同僚がやってきて、
ひとつの本棚を整理し始めましたが、
1冊の本を抜いたせいで
積まれていた本が20冊ほどまとめて床に落ち、
ばしーーんっ!
とすごく不吉な大きな音をたてたので、
5分ほどかけて元どおりに本を積み直すと、
肩を落として部屋を出て行きました。

17:16

窓から西日が射しています。
会議室に西日が射しているところをみると、
むかし学校の図書室にいりびたっていた頃を思い出します。
その頃はまだ「図書カード」というものがあって、
僕は毎日3冊ずつ本を借りて家に持ち帰って、
ぜんぶその日のうちに読んでいました。
そして、それを3年間続けました。
その3年間のどこかで、
僕がはじめて好きになった女のひとが、
高いビルの上から飛び降りて、
地面とぶつかりました。
そして、死にました。
僕はそれから3冊ずつ借りる本のなかに、
死のうとするひとを止める言葉を探すようになりましたが、
それに当てはまる言葉は、残念ながらありませんでした。
それから僕は、誰にも、何も、期待しないようになりました。
あらゆることはうまくいかないし、
たしかなことはなにもない。
どうして生きなきゃいけないのか、
その答えはまだ、誰もきちんと答えていません。

17:31

目のまえにある風景を写真に撮って、
この文章のさいごに挿入しました。
そのあと、上司に報告しなければいけないことがあり、
すこし席をはずしました。

17:48

いま思えば、
僕が意識して写真を撮り始めたのは、
初恋のひとが亡くなってからだった気がします。
僕はあれから、毎日死ぬかもしれないと思って生きています。
あらゆる瞬間、僕は突然、命を終える予感を感じながら生きています。
そのつもりで世界を見て、撮りたいと思ったものを撮っています。

17:52

僕と結婚したとき、
妻は僕の初恋のひととおなじ病をかかえていました。
それについては、語り切れないほど話がありますが、
いまは話しません。
だいじなことは、妻と結婚したことと、
その初恋のひとの記憶は、
僕のなかではまったく別のことだということです。
うまく言えませんが、
僕は妻が好きで、妻の魂にひきよせられて、
一緒になりたいと思ったのです。
僕はあの出来事以来、
いままで誰にも何も期待したことはありませんでしたが、
結婚してから、はじめてひとに期待をしました。
それは、妻に、生きて欲しいという期待でした。

17:58

最近、妻に言われてすごく嬉しかった言葉があります。
「まっちゃんのおかげで、わたしは本当に生きられる」
という言葉です。
妻は、僕のことを、大きな樹みたいだといいます。
その樹の下では、悪いことは起きない。
いろんな動物が休みにきて、仲良く話をしている、
そういう樹みたいだと言ってくれます。

17:59

いままで読んでくださって、ありがとうございました。

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