恐らくいちばんたくさん飼った海の魚がカサゴだ。
家の小さな水槽で飼うのにこんなに様になる魚はいない。
ゴツゴツとげとげした頭に大きな口、キラキラした目に少し洋梨型の瞳、バランスのいい背びれ胸びれ。ただの赤茶色かと思いきや、よく見ると目の覚めるような鮮やかなミントグリーンから微妙に水色や黄色に揺らぐ小さな斑点が頬から肩にかけて敷き詰められている。
餌のゴカイやエビを水槽に放す。ゴカイはクネクネと、エビはすいすいと泳いでカサゴの視界に入る。目だけをキョロリと動かしてえものを捉えると、カサゴはがばっと飛び出して大きな口で丸呑みにしてしまう。水の中で体を跳ね上げてえものを丸呑みにしたカサゴは、全身を緊張させてひれを大きく広げた形のまま少し沈んで、またぶるっと全身の筋肉を再起動して巣穴に駆けもどる。
ランダムなまだら模様のようだけれど、どの個体にも必ずある、背びれの付け根の大きな黒斑の反復模様。この線路模様を見ると未だに、父と一緒の釣りでカサゴを釣り上げたときの興奮が、細かい記憶が蒸発しているだけに純化されて澄みきった喜びのかたまりとして、思い起こされる。
自分たちに釣りを教えてくれたのは、父の会社の村田さんだった。初めての釣りは村田さんに道具を借りて、父と2人で福井県の三方五湖にハゼ釣り旅行に行った。ハゼは釣れなかったけど、それ以降、よく大阪湾(主に泉大津や岸和田)へ村田さんと一緒に釣りに行くようになった。確か岸和田の防波堤で、父が釣り上げた赤茶色の魚に「ガシラですやんか!これはうまいんですよ」と村田さんが喜色を見せたから、それ以来小学生の自分にとってガシラ(カサゴ)は宝物になったのだ。
海水魚用の小さな水槽を一つ追加することを両親にお願いして、作っていいよのお達しをもらって初めての釣りの日は、とにかくカサゴを狙っていた。飼うのにちょうどいい、小さなのを。大阪湾の南港のかもめ大橋の下で、岸壁沿いから釣り上げたカサゴはいつもにも増して小ぶりで、頭の棘や大きな胸びれのすじも繊細で赤く透きとおっていた。傷つけないように丁寧に針をはずして、ブクブク付きのクーラーボックスに海水と一緒に持って帰った。
ヨロイメバルは、雰囲気はカサゴによく似ているけれど少し違うグループの魚だ。大阪から珍しく兵庫県の垂水にまで足を伸ばして釣りに行ったとき、ふだん大阪湾では見ないような魚がいろいろ釣れた。今思い出しても楽しかったその一日で、特に印象に残ったのがヨロイメバルだった。釣り上げたときは何という魚かわからず、帰って図鑑を見て知った。
カサゴの顔や色柄に見慣れている目には、ヨロイメバルが外国の人のように映った。水槽に入れられたヨロイメバルは、すぐにエビに食いついた。ふつう、釣り上げられた魚はショックのせいか少なくとも2、3日は何も食べないものなのに、その日のうちにすぐにえさに飛びつく荒々しさが、名前のいかつさと相俟って迫力満点だった。カサゴに劣らず、水槽で見栄えのいい魚。