中学校以来の友人に誘われて、三浦半島、大津漁港に釣りに行った。午後から天気崩れるの予報を疑いたくなるような快晴の、日曜日の早朝。サビキ釣りの仕掛けと餌を買って、手漕ぎボートでよろよろと、300メートルぐらい(たぶん)の近い沖に出た。
先にセットできた竿を友人に譲ってもらい、20メートルほどの海底に仕掛けを届けると、呆気なく竿先がクンクン震える。引きというほどの抵抗も感じないままぐりぐりとぎこちなくリールを巻くと、サビキの仕掛けにカタクチイワシが3尾、連なって上がってきた。ぴちぴち震える身を手に握って、ちぎれそうなあごに気を遣いながら釣り針を外して、海水を汲んだバケツに入れると、虹色の鱗を巻き上げながら元気に泳ぐ。
カタクチイワシは何かのキャラクターかのように表情のある(見ようによっては、その無表情さが)かわいい顔をしている。そして元気で、絹こし豆腐のように脆くて繊細。
目が前につきすぎているのか、口が後ろまで裂けすぎているのか、かなり変わった顔のつくりをしている。下あごが小さくて、笑ってるようにも見えるし口をへの字に結んでいるようにも見える。「ごまめの歯ぎしり」という言葉は、考えてみればカタクチイワシのこの愛らしい顔つきでしか成り立たない。同じ小魚でも、マイワシや小アジや、メダカやモロコは歯ぎしりしない。
釣り針にかかって海面から引き上げられたカタクチイワシは、口とえらをぱっくり開いてぴちぴち跳ねる。大きく開きすぎて、えらの隙き間から向こうが見えている。そのアンバランスさが何とも言えず、造形的に美しいし、かっこいい。カタクチイワシは海の生態系の中でとても弱い魚だから、常に逃げ回っていなければならない。食事も、それに集中して周囲への注意力を欠くよりは、口を開けたまま泳いでたら勝手に餌が入ってくるほうがきっといい。だからその口はこんなにも大きく開くことだけに特化して、釣り上げられた自分の身体の重みを支えられずに開きっぱなしになってしまうほど、スケスケの骨組みの簡素なつくりになったのだと勝手に想像する。
海面近くで泳ぎ回って、撒き餌のアミに食いつく姿がボートから見えていた。あまりに細い。自分たち自身の群れ以外に身を隠すところのない、こんなに広くて敵だらけの海の中で、こんなに無防備で繊細な生き物がオドオドすることなく活き活きと泳ぎ回っている。
結局その日の釣果のほとんどはカタクチイワシだった。友人と分け合って持ち帰り、南蛮漬と梅煮にした。