わたしの妹は天文学者になりたい。
わたしの知る限りで文系脳な妹は
苦手科目であるはずの数学や物理を
ぐずり、と涙をながしながら解いている。
『たかが1問』に、ものすごいエネルギーを使って。
それがすべてのような立ち向かい方をして。
星や宇宙に好奇心をそそいでは
なにかを見出そうとしている。
結果を欲しがっている。
「まっくらな夜道を手がかり、
足がかりなしに進んでるみたい。」
欠かさず一緒に入るお風呂の中で妹が言う。
そんな妹が星や宇宙にひかれる理由が
わたしには分かる気がするから不思議。
際限なくどこまでも広くて、深くて、
形なんてあるのかないのか
分からないものからでも
何十年、何百年
ほとんど永遠みたいな時間を
かけてきたちいさな光を見つけられる。
そのかたちも
いろも
においも
ひろさや
ふかさも
わからないものかもしれない。
手にとれないけれど
味も確かめられないけど
終わりは見えないけれど
それは絶対にあるもの。
未来はみえないから。
とてつもなく怖いと
妹は思ってるのだと思う。
涙もながす。
わたわたと慌てたりもする。
だけど、ずっと一緒に姉妹を
やってきたわたしの目に映る。
攻撃的な眼差しも
あまりにも真剣に
疑問するいもうとだけの
無音の世界も
本気で未来を
歩もうとする
頼りのない足取りも
うつくしく 気高い。
誠実で つよい。
そのまっとうな
気むずかしさが
なによりも尊いのだと知る。
おとといの夜、
満天の星が降り積もる地球。
わたしたちだけの天体ドーム。
大きな望遠鏡をのぞきこんでは
はしゃいで夏の大三角をみた。
天の川に手を伸ばした。
流れ星に願いをたくし、
木星のしま模様に輝かせた目を
しっかりとつむって
一緒に夜をまたいだ。
2010.08.19
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天文学者になりたかったわたしの妹は、
天文学者ではない道を選ぼうとしている。
「ひとの役に立ちたいねん。」
欠かさず一緒に入るお風呂の中で妹が言った。
2013年1月2日、おとといの夜のこと。
理学部ではなくて農学部に行く。これから先、森林をどんな風に活用していくのかということをやっていきたいのだけど、震災があったでしょう。原発のことがあったでしょう。放射性物質が空気の中を漂ったり、地面に落ちたり、水に溶けたり。そのせいで自分の住んでた場所に居られない人がたくさんいるのだって。もちろん、みんなに関係のあることだし。植物は吸い取ってくれるんだよ。その物質。ちなみに、植物によって吸い取れるものが違って、その物質の割合は、地域やもっと細かい単位の範囲で変わってくる。今、日本は200m四方くらいに区切ってそのデータを採っているらしいのだけど、チェルノブイリでは1m四方くらいでやってたんだって。全然足りなくて中途半端なんだよ、植物の力を借りるのなら。長い目で見て向き合わなきゃいけないことだから今からわたしたちが勉強してやり始めても意味はあると思う。できること、あるんだよね。もちろん、私はまだ19歳で知らないことだらけだから。こういうことに関わって生きていこうと決めたわけではないけど、それでも森林を活用するということでなにか人の役に立てれば・・・
人付き合いが苦手な子だった。
少なくとも2年前までは、
なるべく人と関わらずに済んで
好きなことやってられる研究職に
就ければいいと言っていた。
けれど、それは妹にとって
生きてくためには
あまりにも不確かで
手触りのない世界に
変わってしまったらしい。
「森は地球にある宇宙みたいなものやから。」
「人の役に立ちたい。」
いつの間にこんなに
ちからづよい言葉を
口にすることが
できるようになったんだろう。
ボロ、とこぼれおちた夜のこと。
朝の空気をすっかり溜め込んだ
まあたらしい肺の膨らみ。
知らない時間を生きる妹のこと。
わたしはどうしたって
知ることができないけれど。
それでも。
相変わらずだと安心する。
自分で選び取ってゆく未来に対して
まっすぐに伸ばされた背筋。
取り巻く移ろいやすい世界に
怯えることなく向きあおうとする
ぶれのない視線。
たのもしいな、とわたしは
ファインダー越しに
妹だけの未来を見つめる。
飛び散らすことなく
未来を突き進んでく妹に
こころからのエールを。