京都は祇園にあった小さなお店
そこは9席ほどのカウンターがあって、確か後ろに二人掛けの机がふたつほど
真ん中には70歳くらいのおばあさんが一人で切り盛りしていた
入り口の窓には鮮やかな黄色いレモンが飾られて
観光客が多い通りにひっそりと小さくそのお店はあった
見落としてしまいそうなほど地味な外観に、初めて入る時はいたく緊張をした
時々咳をしてしゃがみこむおばあさんは
どう見ても具合がいいとは言えない様子だったけれど
姿が美しい凛とした女性で、ひとつ注文が入ると驚くほど手さばきが美しく
所作に無駄がなかった
「なんにしますか」と言われて、レモンジュースを頼んだ
下からとても立派なレモンを一つ取り出して半分に切って絞り
砂糖と不思議な瓶に入ったシロップを数的シェイカーにいれ
振る瞬間、すうっと大きく息を吸い、シェイカーをふり、
終えるとカウンターに手をついてまた大きく息を吐いた
こちらも息を止めてしまうほどだった
差し出されたレモンジュースは、飲んだことがないほど、身体中に染み渡った
「うわあ」と声に出てしまうくらい
感動している私をよそに、おばあさんはなんてことない顔をしていた
大きくため息をついて、小さな出口をしゃがんでごみを捨てにいった
料理はどんな些細なものでもその作り手を表すものだと思ってはいたけれど
ここまではっきりと体感したのは初めてで
いっぱいのレモンジュースの味は、いまでも忘れられない
おばあさんの生きてきた時間を取り分けるように
いただくこちら側もたいせつに飲んだ
そのおばあさんに憧れて、いまも食べ物に関わる仕事をしている
お店はもう閉店してしまって
おばあさんが身体いっぱいしぼるフルーツジュースはもう飲めないけれど
時々ふうっと思い出しては、背筋が伸びる
お店の名前の意味が、いまはよく分かる
「太陽のしづく 新鮮純果汁とコーヒーの心をあなたの生命にどうぞ」
と入り口の看板にかけられていた
丁寧に果物を選び、丁寧に一杯のジュースを作るおばあさんが
今日も京都の町の何処かで、生きていてほしいと思う