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2F/当番ノート

カレーを作ろうと思った

当番ノート 第12期

ある日、カレーを作ろうと思ったのです。
大阪に住んでいたとき、好きなカレー屋さんがあって、
おいしいなあ、といつも食べてたのです。
そこのカレーは20種類のスパイスを使ってました。
その日もそのお店で、
おいしいなあ、と思いながら食べてたのですが、
ふとお店のキッチンに目をやると、
たくさんのスパイスが瓶に詰まっていて、
いろんなかたちの種だったり、色とりどりの粉になっていたり、
はて、あれが、これになるの?うそだあ!
と思ったので、
その日、カレーを作ろうと思ったのです。

カレーはスパイスから出来ているという話はずっと聞いて知ってましたが、
ぼくはほんとは知らないんじゃないかと思って、
さっそく本を立ち読みして調べてみると、
たまねぎをたくさんたくさん炒めて、ぺたぺたになるまで炒めて、
そいで、ニンニクとショウガをすりおろして一緒に炒めて、
あと、何種類かのスパイスを使い、完成。
みたいな感じで書かれていて、ますます
うそだあ。
と思ったのですが、その足でスーパーに行って、必要な材料を揃えました。

部屋に戻りすぐさま書いてある通りに作っていくと、いい香りがしてきて、
まあ、おいしそうなものが出来てきそうだなあ、とは思っていたのですが、
クミンというスパイスを加えたときに、はっ、と
何かが変わりました。台所の空気に、カレーが混ざってきたのです。
どきどきしながらターメリック、カイエン、ブラックペッパーを投入し、
ぐつぐつと炒めていくとあっという間に色もいつもみているカレーの色に。
香りと色はまさにカレー。しかし、味はまだわからないぞ、と
おそるおそる口に運ぶと、
そこには、想像を超えるほどの、カレーの楽園がありました。

これは、宇宙じゃないか!

ぼくはカレーを作ることによって宇宙を感じていました。
スピリチュアルなことを言っているわけではありません。
カレーは宇宙だ。
同時に、ぼくはカレーを作っているその間に、音楽も感じていました。
そうか、音楽もカレーも、宇宙なんだ!

ぼくはたまに太鼓を叩くのですが、太鼓も、どん、といちど叩くだけだと、
ただの、どん、でしかないのですが、
それを数回、ある心地よい感覚で叩くことでリズムになります。
さらに、ギター、ピアノ、ヴァイオリン、トロンボーン、なんでもいいですけど様々な楽器の
音色が加わってくことで、すばらしい音楽となっていきます。
カレーもおなじで、クミンは一粒あったところで、ただのクミンでしかありません。
それが、たくさんのスパイスと混ざり合い、たまねぎに練り込まれていくことで、
すばらしいカレーとなっていきます。

ぼくらにんげんが生きているということも、おなじことなんじゃないかなあ、と
カレーを作るようになってから思います。
個人というものに価値の重きが置かれている現代ですが、
ぼくたちにんげんは本来独りきりだと生きていけません。
そんな独りきりだと生きていけないにんげんたちのなかで、
カイエンペッパーのような、ひとを傷つけてしまいそうなくらい熱いひとや、
シナモンのような、みんなに癒しを与えるようなひとや、
そういうひとびとが集まって、せかいが出来ている。
それだけではなくて、
今晩のお月さんがうっとりするほど輝いていたとして、
明くる日の落ち葉がとても真っ赤だったとして、
トイレの便座が刺すように冷たかったとして、
雲一つない空に飛行機が滑るようにどこかに向かっていたとして、
野良猫があくびしていたとして、
そういうことのひとつとして、ぼくが青いコートを着て歩いていたとして、
そういうさまざまのすべてがあるから、このせかいがあるような気がします。

カレーも音楽も日々の暮らしも、全部宇宙を作っていること。
だから明日もぼくはちゃんと生きることにします。
笑うかもしれないし、泣くかもしれないけど、生きることがぼくの宇宙です。
カレーがはねて服についてしまったときにも、これは宇宙の染みなのだ、
と思いながら、懲りずにカレーを作り続けるのです。

宇宙の染み

熊野 英信

熊野 英信

1984年から生きてます。
絵とことば。
カレーと珈琲。
音楽とさんぽ。

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