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2F/当番ノート

anonymousとonymousを巡る8のエッセイ (6) ミリオンダラー・ホテル

当番ノート 第16期

ミリオンダラー・ホテルは、かつてロスに実在した豪華ホテルでしたが、すっかり凋落し、いまや廃墟になっています。このホテルを舞台に繰り広げられる映画が、ヴィム・ヴェンダースの『ミリオンダラー・ホテル』です。住人は、ビートルズの一員だと言い張る人や先住民の長だと思い込んでいる自称画家など、夢や妄想に破れて精神を病んだ人ばかりです。社会の外で底辺の暮らしを送っている訳ですが、皆この状態を良しとはしていません。テレビを見ながら、いつかまた社会が振り向いてくれて、ホテルを出られる日をぼんやりと願っています。
トレーラー:https://www.youtube.com/watch?v=aGK1NvBR_vQ

映画の主人公であるトムトムは、やはりやや精神障害を抱えており、この貧乏なホテルで執事のように振舞い、忙しない日々を送っています。どんなこともYESまたはNOでしか答えない彼は、他の住人たちと違って、ホテルで暮らすことに疑問を抱いていませんでした。そんな中、2週間前に親友イジーを亡くし、エロイーズを見つけたことで、彼の本当の人生は始まります。
彼女は読書に溺れる退廃的な美しい女性で、イジーには存在しないクズと言われ、周囲からは娼婦と見なされていました。彼は、そんなエロイーズの心に自分を届かせるため、まるで眠り姫を救いに行くが如く奔走します。数々の努力は実って、最後には思いが通じるのですが、住人たちが彼の障害を利用して、彼をイジー殺しの犯人に仕立て上げてしまったことで、彼は生きて行く場所を失ったことを悟ります。そして、エロイーズの目の前で、勢いよくホテルの屋上からハイジャンプし、向いのマンションで暮らす普通の人々をぼうっと眺め、不思議と美しさと驚きに満ちている人生の素晴らしさを鮮明に感じながら、自殺してしまいます。

前回に取り上げた農業少女では、消費社会の中で東京から田舎へ、アイコンとしてのonymousから近所のおばちゃんのように名前で呼ばれないanonymousな存在へ、転落した百子の悲劇が描かれていました。今回のミリオンダラー・ホテルでも同じように、華やかなロスどころか社会の全てから見放された、どん底の人々が描かれています。
ただし農業少女と違うのは、百子はその後、死ぬこともなく生き続けるのに対して、トムトムはそんな人生よりも死を選んだということです。どちらも悲しい話です。しかし、トムトムの方が一歩前進したといえます。なぜなら彼は、ホテルというanonymousな人生に、エロイーズという一条の光があるだけで、良しました。そして、死ぬまでははっきりと見えない人生の不思議や美しさや驚きを、実際に死ぬことで、(もしかしたら同じようにanonymousに生きている)わたしたちに見せてくれたからです。彼が飛ぶシーンが映画中もっともゆったりと、幻想的に描かれていたのは、このことを強く主張するためだと思います。

次回はトムトムとは対照的に、(百子が叶えられなかった)永遠のポップアイコンであり続けたウォーホルを取り上げたいと思います。

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