沢山の年齢の女性と会って、お話を伺って見えてきたことがあります。
10代〜20代は未経験な事だらけで、早く大人になりたいと、もどかしさに苦しんでいて、けれど肉体のもつ若さのパワーが武器だと、気付いていなかったり、気付いている娘はある意味凶悪だったり笑。
30代からは生きてきた背景が身体の内側から溢れる空気や美しさ、エレガンスに影響するのではないかと思うのです。40代は30代よりも、よりいっそう如実に影響する。
出会った女性達の人生を全て見たわけでも聞いたわけでもありませんが、
皆さん各々の山あり谷ありを歩んでこられたと思います。
目の前に居る女性達は各自が人生の歩みのなかで「選択」した「途中経過」の姿です。
その姿、年齢に関係なく素敵だな、と私が感じ憧れる女性達は、皆さんとてもチャーミングな方が多い。
それは、美容にお金をかけた、高価なものを持っている、とかお金に換算出来る物ではなく、「笑顔」と「情熱」にあります。
笑顔が輝いている女性は、とても美しい。
男性も同じで、笑顔が素敵な人は魅力的です。
老若男女関係なく、素敵な笑顔はパワーを持っています。
家族友人恋人仲間…人生の中で大切な人々と笑顔の機会を分かち合う事が出来ているか、その結果が笑顔となって、人となりが表面かするのではないのかと思ってならないのです。
愉快な食事の場、目標を達成した瞬間、素敵な作品を共に鑑賞した時間、心を揺さぶる時間を一人だけではなく共に味わえる他者がいるという豊かさに、私はどうしようもなく憧れるのです。
その場では、「共感」だけでなく、「影響」し合う事があると思います。
しかし身近な人々との関わり合いの中では必ずしも楽しい時間ばかりではありません。
他人は自分を映す鏡。とはよく言った物で、
物事がスムーズに進まないとき、問題が起きたとき、相手の中に自分を見つけた事がありました。
不思議な事に、喜びや愉しみに関しては、必ずしも自分が投影されていないものだから不思議です。
嫌な事ほど、相手の中に自分を発見してしまうのです。
自分と他者との価値観や感覚の違いに気付きぶつかる事もあるでしょう。
関わる人が多ければその機会も増えましょう。
ぶつかり合い昇華する作業はとてもエネルギーのいる作業です。
しかし眼を背けたりしては、チャンスは泡と成って消え去ります。
結果的に理解し合えなかったとしても、本気のやり取りの積み重ねが相手への敬意や信頼となり、自分自身の感度や知性を磨くきっかけをくれる大切な場となるのではないでしょうか。
そして、他者を通して発見した自分の恥部と向き合う事こそ、最もエネルギー、情熱が要する時間です。
他者と向き合えない人が、どうやって自分と向き合えるのでしょうか。
この点は、創作する人間にとって、重要とされる能力ではないかと感じています。
人との関わり合いは、自分を磨くチャンスを与えてくれますが、直接出会う方だけでなく、書籍や映画等の作品であったり、スポーツ選手であったり、著名な文化人であったりする事も含まれます。
少女だった私が映画を通してランジェリーに出会い衝撃が身体を突き抜けたあの時、私は人生が決まりました。
「おんなになりたい!女として仕事も人生も楽しみたい!愛って何!セックスてなんなの!」と、素直な好奇心が叫んだのです。
女性の身体が映し出された写真集を収集してみたり娼婦の映画を漁ったり女のドロドロした作品を観たり…、とにもかくにもわかりやすい女の姿を脳が欲していました。
(学生時代大好きだったヌードクロッキーの授業時の作品/2010年)
東京の先生、パリの先生、出会った様々な人種の知人達そして多くの作品と触れて言葉や美や表現と触れる事で、自分と対話し心に宿った種火を大きく育ててきました。
何度も何度も興味を掘り下げ、点と点を線で結ぶ作業を繰り返しました。
授業を通して恩師から教わった事ですが、「興味のあるものは何かしら関連がある、結びつき全ての線が交差した一カ所が軸となる、」と。苦しくなるけれど、諦めてはいけない、と。
私はいつでも「女性」を見つめ「性」を強調した生き様を見つめ「女性の負の感情」を見つめていました。
「笑顔」と「柔軟性」が大切だと気付いた今でもそれは変わりません。
なぜなら自分の中の「負」に気付いたときに、どのように変化出来るか、その時に性別を越えて人として、きっととても大切だから。
私の制作したランジェリーと出会って初めてランジェリーにときめきを覚えた、もっと色んな事が知りたいと思った、と伝えてくれた10代〜20代の女性達がいます。
ある女性は洋服とは異なった感覚でその一日のテンションをあげてくれる、そういって瞳を輝かせていました。
またある女性は、私の中に眠っていた女が目覚めた感じがする。と。
大げさかも知れないけれど、自分の中の女という要素を心から楽しめば良いんだ!って思えたと言った方もいました。
私が好きでたまらない女の世界を、ランジェリーという媒体を通して触れた彼女達の中にある世界観を少しでも拡大出来たのだとすれば、私は自分の仕事を誇りに思います。
今、私がデザインしたランジェリーは日本とオーストリアで女性達の手に渡っています。
とても嬉しい事で、さらに色んな方に広めていきたい。
自分の制作したものだけではなく、他のブランドも。
なぜならそれぞれのランジェリーブランドに「世界観」があるから、きっと日々の生活の中でそれぞれの世界観にマッチする瞬間が無限にあると思うから。
そして、私が伝えたい事。
いつもうまく言語化出来ずにいつももどかしい想いをしますが、
「女として生きる覚悟、知性を備えた粋なエロスを表現する事」なのかな、と考えています。
もっと魅力的でありたい、色っぽくなりたい、自信が持ちたい、理由は何でもいいのです。
「表現としての女」の日々を愉しめるお手伝いが出来れば、私はとても嬉しい。
これは、身体の性別ではなく、心の性別が女の皆さんへのお手伝い。
これからも「女の心」そして「女としての肉体」どちらも見つめ続けたいと思います。
最後に恩師達から授かった言葉を
「露出するランジェリーだからこそ、エレガンスでなくてはならない、
そしてランジェリーデザイナーは助平でなければならない。」
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自由な空間を与えてくれた悠平君、そして言葉を拾い上げてくれるレヴューを書いてくれたterai.yusukeさんに悠平君に心からの感謝を。
感覚的な言葉ばかりで読み辛かったかもしれませんが
読んで下さった皆さん、二ヶ月間本当にありがとうございました。
ランジェリーを通して、またお目にかかれます様に。
おんなになる 〆
せいな