午前三時のコンビニには客も居らず特にやるべき仕事があるわけでもなかったから俺とアサクラさんは制服を着たまま店の外に出て灰皿の前でそれぞれ煙草を吸った。深夜の空気を少し肌寒く感じた。東京の夏は随分暑さが長引くのだなとつい先日までうんざりしていたのだけど数日前から急に涼しくなった。俺が一本目の煙草を吸い終えて灰皿の中に捨てると駐車場に置かれている自動販売機の脇からサバトラ柄の大きな猫が姿をあらわした。この猫はこのあたりに住んでいる野良なのだがあまり人懐こい性格ではないらしく俺ひとりの時であれば目が合うと同時にぱっと駆け出して物陰に消えてしまう。だが何故かアサクラさんにだけは気を許している様子で、今日も彼の姿を見つけるやいなや、尻尾を立ててトコトコと彼のもとに近づき、スニーカーの爪先の匂いを嗅ぎ始めた。
「ひとより偉くなれ」と俺は親父に教えられて育った。俺の地元は山の麓にある小さな町なのだが、その町でいちばん大きな工場を親父は経営していた。「偉くなるほどひとは幸せだ。逆に偉くない人間は不幸だ。自分よりも偉い者が多ければ多いほどひとは不幸になるのだ。だから偉くなれ。ひとより偉くなれ」ことある度に親父はそう言った。そして自らの行動でその言葉の正しさを示した。町で働く人間のうち三人にひとりは親父が営む会社に勤めていた。なので町では誰も親父に頭が上がらなかったし、ひとたび親父の機嫌を損ねた人間は町に居ることさえ出来なくなるほどだった。親父は町でいちばん偉かった。そんな姿を見てきたからこそ親父の教えを俺は疑わなかった。今年の四月から東京の大学に進学しひとり暮らしを始めたのも偉くなるためだった。
アサクラさんのことを俺は嫌っていた。そして軽蔑していた。今年で二十四歳になるというのにこんなコンビニでフリーターをやっているような男だからだ。客に対する「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」にも全然愛想がなく、仕事に対する向上心や意欲のようなものがほんの少しも見受けられないからだ。夜間のシフトに多く入れるからという理由でオーナーからは重宝がられているようだったが、俺は彼のような人間と一緒に働かなければいけないことを恥ずかしいとさえ感じていた。親父がいうところの「偉くない人間」とはこういう男のことを指すのだろうと思っていた。
地元のお袋から電話があり親父の会社が潰れたという報告を受けたのは昨日の昼頃だった。実家に残った借金は宝くじのコマーシャルでも耳にしないような大きな金額だった。俺を大学に通わせ続けられるかどうかも定かではないと声を震わせながらお袋は説明した。当の親父はといえば数日前から行方が分からず一切の連絡がつかない状態だという。お袋の話を一通り聞き終えると俺は、うん、分かったとだけ答えて電話を切り、その場で叫び声を上げた。借金の額や、大学を続けられないかもしれないという話にも勿論おどろいたが、俺にとってはそれ以上に、あの親父が仕事に失敗して行方まで眩ましたということの方がショックだった。親父は偉いんじゃなかったのか? 親父のように生きれば幸せな人生を送れるんじゃなかったのか?
深夜のコンビニに客がやって来る様子はなかった。サバトラ猫はアサクラさんのスニーカーやズボンの裾に依然としてまとわりついていたが、俺が触れようとして手を伸ばすと、大きな身体をさっと翻し警戒した目でこちらを睨みつけた。猫に懐かれるコツって何かあるんですかと俺はアサクラさんに訊いた。俺から彼に何かを訊くのはこれが初めてだった。アサクラさんはこちらに目を向けず猫の方だけ見て、「そういうのは猫に聞いたら良い。言葉は喋んないが。顔とか尻尾とか。猫は猫のやり方で伝えているわけだから」と答えた。現に彼が右手を差し出すと猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら身体を擦り付けた。その様子を眺めながら、幸せって何だと思いますかと続けて尋ねると、「そんなもの俺に訊くな」と、いっそう無愛想な声でアサクラさんは言った。