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2F/当番ノート

海と旅について

当番ノート 第37期

私の名前は、睦海、という。
海の字がついているけれど、生まれは、那須連峰がきれいに見える、田んぼと果樹園の広がるところ。海には何の縁もなく、親近感も持たずに育った。自分の半分は海のはずなのに、私は海を全然知らない。海ってどんなものだろう。そんなことが、なんだか忍びないような気持ちがして、子どもの頃から、もやっと、引っかかっていた。
二十歳の時、きれいな海を見るために、旅をした。
きれいな海は南だろう。とことん南の、八重山諸島に行くことを決めた。その時の私には、きれいな海を見て、海を好きになることが、自分の存在を肯定することに、繋がるように思えた。期待を持って、旅に出た。

那覇で乗り継ぎをして、石垣島に着き、それからフェリーで、八重山の離島を巡った。
初めて、エメラルドグリーンの海を見たときには、とてもびっくりした。初めて見る色だった。いろんな島で、毎日海を見て過ごした。けれど、それで海を好きになったかと言ったら、なぜか、んー、という感じで、それに、私はがっかりした。勇んで、体験ダイビングをやってみたら、サンゴがきれいと感じるよりも、まず耳抜きができなくて激痛だし、海の中はなんだかすごく怖いしで、全然楽しめなかった。それにも、私はがっかりした。
穏やかなエメラルドグリーンの海を見ながら、夕暮れの桃色の海を見ながら、この海を好きになりたい、と必死に思っていた。

結局、初めての一人旅で、海を好きになることはできなかったのだけれど、それでも、きれいな海が見られたことは嬉しかった。

それから何年かして、父に、名前の由来をメールで聞いてみた。
「友達と仲良く、海のように広い心を持った子になるようにと願ってつけた」
一瞬で返信が来て、恥ずかしかった。漢字の意味そのままじゃん、と心の中で悪態をついて、1人で勝手に照れ隠しをした。
海は広い。海みたいな広い心。
前から、気に入っていなかったわけではないけれど、なんだかもっと、自分の名前がちゃんと、感じられるようになった気がして、それはとても嬉しかった。

以前は、よく一人で旅をしたのだけれど、ここしばらく旅をしていない。
これまで私が旅をするときは、自分を変えたい、と思うときだったような気がする。
それは、悪いことではないかもしれないけれど、次に旅をするときには、求めるんじゃなくて、純粋に風景や出会いを受けとめられる、隙間のある自分で行きたいな、と思う。それができたら、八重山の海とも、もう少し仲良くなれたのかもしれないな、と思う。

八重山の旅で、本当は、海よりも、もっと衝撃を受けたのは、波照間島で見た、近すぎる星たちだった。

あの星空、もう一度、見に行きたいなあ。

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鈴木 睦海

鈴木 睦海

1988年に、福島県白河市で生まれ、育ちました 今は東京で、役者というものをやっています

Reviewed by
猫田 耳子

上京する私に友人が言った。「私たち、海が近くない町で暮らしていけるのかな」日常に海が見えなくなってもう10年経ったけど意外に平気だよ。たまに二人で聴いた波の音を思い出すくらいで。

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