初めまして。小峰と申します。
本稿を初回に、2ヵ月間こちらに寄稿していきます。
よろしくお願いします。
——
この当番ノートへ寄稿を併せて、「出会い」を中心に文章を書いていこうと思う。
「出会い」と聞いて、読者の皆様には、何が思い浮かぶのだろうか。
人?モノ?見えないもの?・・・気になるところである。
私はやはり、「人との出会い」が初めに浮かぶ。
思い返しても取るに足らないと感じてしまうものもあれば、
そう、あの出会いがあったから今の自分があるよな、と感慨深くなるものもある。
想起した瞬間、身体に力が入ってしまうようなものもあれば、
たった今触れているような生温かさ、あるいはざらっとした皮膚感覚を持つものもある。
私は、様々な出会いの全てを、愛しているし、憎んでいるし、時に全く考えちゃいない。
でも、私に纏わる物語は、いつだって「人との出会い」と共に形作られ、進んできたのだと確信している。
この2ヶ月間、この場所で、いくつかの「出会い」、更には「再会」を経て、いつどこで何をどう感じるのか書いていく予定だ。
初回である本稿は、どうしても書きたいと願う、「もう一人の兄」と出会った話を。
——
小学生・中学生と生活するなかで、私は自分の中の’違和感’とひたすらに戦っていた。
いわゆる、思春期ってやつだったと思う。
- 部活で野球を進んでやっていたが、その実、全く楽しいと感じていなかった。
- ゲームセンターに通うことが生きがいだったが、毎度帰り道は、何かが辛くて泣いていた。
- 人を蹴落とすようなシーンを作ったと思えば、次の日には度を越した暴力を一方的に振るわれたりしていた。
- ケンカは一度もしたことはなかった。というかできなかった。優等生にも、不良にも、なれなかった。
- 自分に迷い、何ができるのか悩み、将来という言葉に戸惑い、何かが変わりそうな予感だけはあるのに、
それを手にするには遠すぎて、頭を抱えていた。
上の例にあるような様々な二面性・多面性は、思春期では多く語られることだ。
成功や失敗を含めた色んな経験、自己・人との対話、自信や諦念が混ざり合って、第1回大規模自己形成タイムの末、
その人なりの形の基盤が作られ、丸くなったり尖ったりするのが、よくある思春期であると思う。
私の場合は、「もう一人の兄」との出会いで、一気に思春期との決着が着いた。
*
私には、ケンカが起こり得ないほど歳の離れた兄姉がいる。よくお世話になったし、尊敬している。
二人とも今は立派な親をやっている。
合わせて4人の子供の愉快なおじさんとして私は君臨しているわけだが、もう本当に言い換えようがなく、
子供ってかわいいですね!!!!
ムツゴロウさんのわしゃわしゃーってやつ、やってしまう気持ちがよく分かります!!!!
・・・まずい、これでは話が逸れてしまう。
戻そう。
兄姉と歳が離れているという事実に対して、私はその日までは、別段取り立てて考えたことはなかった。
高校入学を3日後に控えた、日が射しているのに霧雨が視界を奪う印象的な日のことであった。
リビングでの母との何気ない会話の中で、ふと私は「兄ちゃん姉ちゃんと、歳が離れているなぁ」と口にした。
母はいくつかの逡巡の後、今が全てよ、と言外に語る表情と雰囲気で、
「本当はあなたの前にもう一人男の子が居たかもしれなかったのよ」
と言った。
その言葉を聞いた瞬間の自分のことを、私自身はよく覚えていない。
興奮してたのか、怖がっていたのか、何かに囚われていたのか。
ただ、前のめりに詳細を聞こうとする私を鎮めながら、母は話してくれた。
難しい話ではない。
兄姉から私の間で、一人の男の子が生命を育んでいたが、何かの拍子に流産という結果になった、
ということであった。
だが、私にとってはこれ以上納得のいく話はなかった。
ずっと感じてきた違和感、つまり思春期の正体は、私の中に存在する産まれたかもしれなかった’兄’の存在だったのだ。
その時、私は「もう一人の兄」と出会った。
——
この兄の存在を、今でも確かに感じている。
私はものすごくダメダメな人間で、私の中の兄はよくできた人間だ。
正義感に溢れ、感情の機微を尊重し、目標を持って努力することができ、人前に立つことを得意とする人間だ。
これまでの人生は、ここぞとばかりに、もう一人の兄に力を借りて行動してきた。
おかげで身内が諸手で喜ぶような分かりやすい結果を得られた。
心に引っかかってくれる物事が、私だけの場合と比べたら何百倍と増えた。
私自身だけでは決して有り得なかったであろう人や文化との出会いが多くあった。
たぶん、兄がいたからこそ至れている考えがあって、そのせいで苦しんでいることもある。
でも振り返れば、いつだってその瞬間たちは愛おしくて、兄には感謝しきれない。
もう一人の兄が生んだ逸話は、私の中で多くあるのだが、それは今後の寄稿の中での「出会い」や
「再会」の中でも書いていきたいと思う。
寄稿を行うこの場所・部屋を、私はどのようなものにするんだろう、という楽しみもある。
もちろん、読んでくれている方たちが、ほんの少しでも良いから、何かとの出会いを今までよりも感じることが出来れば、
それ以上はないと思う。
2ヵ月間、よろしくお願いします。