上京して一軒目の家に住んでいたときのことである。ネットで流れてくる各大学のミス・ミスターコンテストの投稿を何となく見ていると、面白そうなミスター候補が目に留まった。その人のホームに飛んでみると、絵も描く人らしい。音楽も詳しいみたい。美術史専攻だし、面白そう。私は高校生のときは美学を専攻したいと思っていたので、そういう人たちには何となく憧れがある。
たまたま、彼の大学のキャンパスが当時の家から徒歩圏内だったので、学園祭当日に遊びに行くことにした。学内には一人も知り合いはおらず、遊びに行くのも当然ひとりである。
「今日は○○っていう模擬店で店番してます、みんな会いに来てね~」というような告知を手がかりに、その場所をのぞいてみた。遠目で見て(お、さすがミスター候補、足も長いし顔も小さくてお美しいですね)と思って帰る予定だったのだけど、あまりにもフツーな感じでそこにいたので声をかけてしまった。彼は、快く私を歓迎してくれて、その日は「今日は会いに来てくれてありがとう」「相手してくださってありがとうございます」などとアイドルと追っかけのやりとりをして別れたような記憶がある。
ところで私は、バッタリ人と再会する、そういう引力みたいなものがとても強い。
このアイドルとの再会もそうだった。学園祭から数ヵ月後、渋谷の宮益坂、いつもは使わない原宿側の歩道を上っていると、上の方から見覚えのある美青年が降りてくる。(プチ追っかけしてたくせに)誰かわからず名前を思い出そうとしているときに目が合って、先に向こうから名前を呼んでくれた。この人ごみでバッタリ会う?よく気づいたね、というか覚えててくれてありがとう、こちらこそ、と言いながら、お互い時間が空いていたので、そのまま二人で近くの美術館に行った。それ以来、彼とは4年以上の付き合いだ。
彼は、お姉さまもミス・インターナショナルのファイナリストで、まあつまり容姿端麗一族の生まれである。周りも見めうるわしくハイカラな人が多い。
彼は、私のことを珍しい生き物として面白がってくれたみたいだ。あるとき、二人で待ち合わせたときに、彼が全身ISSEY MIYAKEを着ているというのに、私はTシャツにデニムというなんのヒネリもない恰好で居合わせたときがあった。おしゃれもせず申し訳ないというと、「飾らないところがいい!僕に会いに来る女の子はみんな着飾っている」と言われた(さらに「ISSEY MIYAKEっつってもこれ100%ポリエステルだし!」とフォローしてくれた、いいヤツだ。私が言っているのは生地の問題ではないのだけど)。
ジェンダーの話に立ち入る余裕はないけれど、かなり乱暴なくくりをすると、男は知性や社会的・経済的な財で、女は外見をもってジャッジされることが多いというのは事実だと思う。
だから、私にとっては、彼自身も、彼が私を面白がってくれることもかなり面白かった。彼は、私が普段接している男性たちと全く違う軸で彼自身のことを評価していた。頭がいいとか、勇敢だとか、体力があって根性があるとか、自分より能力が一回り小さくて可愛い女の子をそばに置いているとか。そういう軸をヒョイヒョイと乗り越えて、「見た目に華がある」の一点で突き抜けてしまうのだ。
私の通っている大学は、学部全体で女子学生が2割を切っているといういびつな男女構成になっている。そこにずっといると、男性を評価する上述の物差しみたいなものが、男子学生にも女子学生である私にも頭蓋骨の裏側にこびりついてしまう(もちろん私自身がそういう男専用の物差しをあてられることはない)。
ヨソ者である彼とつるむと、そうやってこびりついた物差しが揺さぶられた。ああ、これは別にとくに絶対的なものでも常識的でもなんでもなかったな、と確認できた。その確認作業は、逃避癖のある私—日常の大半を過ごすキャンパスという空間からの逃避—を十分に満たしてくれるものだった。