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2F/当番ノート

アクセサリーは、たまに疲れる。

当番ノート 第46期

わたしは大ぶりのキラキラ輝くピアスが好きだ。自分を格上げしてくれる気がする。格上げって何なんだとも思うけれど、確実に気分は上がる。

でも、たまに大ぶりなアクセサリーが急にダサく見え、華奢なアクセサリーが似合う上品な人に憧れたりもする。気取りすぎない、さりげなさに。

毎日毎日つけていたピアスが、急にしっくり来なくなった気がして使わなくなる。こう書き記してみると、それはなんだか悲しいことのように思える。

***
約5年前、わたしの体重は90kgだった。もちろん自信のもてる容姿ではない。容姿に自信がないから性格を磨く?実際は反対だ、少なくともわたしはそうだった。容姿をアドバンテージにしている(と、妬みからわたしが勝手に思っている)人たちに負けたくない、皮肉なことにプライドは高くなるばかり。そんな自分が好かれていないのもわかっていた、人間関係が希薄なことも気づいていた。

ダイエットを始めた時、わたしが掲げた目標は「かわいげ」だった。

痩せてからの自分に向けられた言葉。
かわいい子と付き合いたい。
頭がいい子とやってみたい。
有名になりそうな子を連れ回したい。

「かわいげ」のあるわたしになりたかったので、これは褒め言葉だと思うことにした。今までの太っていた自分には向けられたことのない言葉だったので、良いもののようにも思えた。

わたしは40kg痩せてテレビにでた、そこそこに容姿を飾り立てている東大生。
それがわたしの価値。だからそれは喜んで受け入れなきゃ。かわいがってもらいたいのでしょう?

***
アクセサリーは飽きる。付け替え可能なもの、しばし楽しんだら手離してもいい。

かわいい子とは付き合いたくない。俺の好みじゃない。
東大生って鼻にかけてそう。気難しそう。
目立ちたがりや。結婚するなら落ち着いた子がいい。

手元に大切に留め続けてもらえる、お気に入りでいることは大変だ。
たまに、やっぱ身に付けたいなと気ままに手を伸ばしてくる。
わたしは此処にいて変わらないのに、わたしの輝きはそんなにも違うのでしょう?

「かわいげ」なんて、自分の中身を空っぽにするまやかしの言葉。
表面的な人間関係から距離を置いてみて初めて、本当に自分と向き合ってくれるのはどんな人たちなのか、わかるようになった気がする。

今ならもう、「知らんがな」って言えそうだ。

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自分に華やかさがないのが嫌でギラギラした大きなアクセサリーを選ぶのと、本当にいいなと思って選ぶ、その違いはわかりにくい。

それでも、他人からみた自分のために選ぶことと、自分自身のために選ぶことは圧倒的に異なる。わたしにとっても、あなたにとっても。

自分でも輝ける人にとっては、アクセサリーは彩りだ。
わたしの輝きはわたしのもの。誰かのためにあるものではない。そしてたとえ輝いていなくても、それでもいい。自分が頑張りたいときだけ、塩梅だけ、頑張ればいいのだ。

対面でもインターネット越しでも、絶えず求めずとも他人からの評価に晒される世界。直接的な言葉もあれば、学歴、年収、フォロワー数のような、自分が無意識に「自分の輝きのはかり」と思ってしまう“評価”に、わたしたちは囲まれている。

そんななかで、誰かのアクセサリーではない自分を保つのは難しい。

今でも自慢の彼女だと思ってほしいと、アクセサリーとしての価値を主張しようとしてしまう。
ああ、またやってしまったと思いながら、そんなことに興味なさそうな相手をみて安心する。

今日はピアスを外して、すっぴんで過ごすことにした。そして明日はまた、お気に入りのピアスをつけて出かけよう。
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藤嶋 陽子

藤嶋 陽子

研究者。
文化社会学・ファッション研究。
株式会社ZOZOテクノロジーズ(ZOZO研究所)・所属。東京大学学際情報学府博士過程・在籍。
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1988年山梨生まれ。フランス文学を学んだ後、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチンズにてファッションデザインを学ぶ。帰国後はファッションにおける価値をつくるメカニズムに興味を持ち、研究としてファッションと向き合うように。現在は、ファッション領域での人工知能普及をめぐる議論や最先端テクノロジー研究開発にも携わるように。
26歳で35kgの大幅減量を経験、自己像や容姿との戦いは終わらない。猫2匹と同居中。

Reviewed by
藤坂鹿

「わたしの美」は絶えず揺らいでいる。華美と質素のあいだを行き来して、いつもほんの少しだけ「ちょうど良い」から外れてしまう。そのアンバランスの中に、誰かが美を見出したりもする。

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