大きく息を吸った。澄み切った空気。
大きく息を吐いた。白く曇った水蒸気。
僕は、このアパートメントを出る。
ガラガラとスーツケースを引くかのように、僕はここで書いた文章を引っ張って
また新たな旅に繰り出して行く。
世界は沼だったとして、生きづらさは人間が抱えた砂袋のようなものだ。
袋の中に入った砂が重くて、抱えた人間は沈んでいく。
浮かべば簡単に呼吸が出来るのに、抱えた砂袋のせいで浮かび上がれない。
それは、本当に苦しいことなのだ。
僕は、大きな砂袋を抱えていた。
アパートメントに引っ越してきたとき、僕の砂袋は重くて湿っていて、どうしようもなかった。
何かを伝えたくて、何かを受け取りたくて、僕は必死だった。
砂袋が、浮き袋になれば良い。
そう思って書き始めたこの連載は、誰かの心に届いただろうか。
ふと、そんなことを考える。
生きづらさを抱えた人間が、僕の文章を読んだとき、少しでも砂袋を透明に出来ただろうか。
もしかしたら、自分の心に1番届いていたのかもしれない。
重く引きずっていた砂袋が少し透明になったとき、袋の向こう側が見えた気がした。
それは決して明るいだけのものではなかったけど、今の世界よりも未来が見えた気がした。
だからこそ、今日も生きている。
沼は辛くて、苦しくて、しんどいままの世界かもしれないけれど、それでも浮かべることを願って
抱えた砂袋が、すぐに透明に、浮き袋になるわけではないけれど、それでもいつか浮かべることを願って
アパートメントに並べていった数々の言葉たちを、大切に詰め込んでいく。
僕は、前を向いた。
ガランと空いた部屋の窓からは、新しい空気が入ってきた。
2ヶ月間、ありがとうございました。