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2F/当番ノート

暮らしのノイズ2:頭の中のうるささ

当番ノート 第49期

最近はふだん一緒にいる人のおかげで、ほんとうにいろんなところへ旅をするようになった。今まであまり一人旅をしてこなかったのは、じぶんの頭の中のうるささと対峙したくなかったからかもしれない。ほかの人のことがわからないからどうにも比較はできないけれど、毎日、起きたときから眠りに落ちる瞬間まで頭の中にはっきりとした言葉がたえず浮かんでいる。暮らしのノイズというのは「非日常を取り入れる」というテーマのためにつけたタイトルだけれど、これはまさに言葉通り、わたしにとっての『暮らしのノイズ』なのだった。

旅に出て、いろんなものを見て、どこまで遠くへ行ったとしても、つねに何かを考えてしまうような気がする。しかもそのほとんどが、じぶんの間違い探しみたいなものだからたちが悪い。とどまることのない内省は、どこにいってもじぶん自身からは逃れられないという証明におもえて、息がつまる。

何もすることがなかったころ、市の体育館でやっているワンコインのヨガ教室に参加をしたことがある。広い柔道場で、いろんな年齢の人たちがいた。先生はわたしたちに「きのうとの違いを知るだけでいいんです」と毎回話した。じぶんの中の、ほかの人はだれも気がつかない小さな変化に目をむける。柔軟であるために必要なのは、やわらかさではなく、しっかりとした基盤なのだと感じた。

そのときのことを思い出して、午前2時、ふと瞑想をしてみようと思い立った。 まずはグーグルでやり方を検索して、 そこらへんの紙にペンで書き留めていく。「頭の中に浮かんだ考えに気づいて、それをきちんと見送る」という手順のひとつは、いかにも、わたしが長いあいだ求めていたことかもしれない。

調べた結果をすべてうのみにして、さっそくやってみる。それらしくお香を焚いて、ヨガマットに座った。この瞬間にだれも起きてこないことを願いながら、座禅を組み、呼吸だけに集中する。自覚している悪習のひとつなのだけれど、わたしはふだん、呼吸がとても浅い。空気を吸いきるまもなく吐いてしまって、無意識にいつもすこし溺れている。いまはただ、空気を吸って、吐く。それだけのことをする。じぶんの中にあるたくさんのスイッチを、ひとつずつ切っていくような想像をした。

打ち消しても打ち消しても思い浮かんでくる言葉の多さに、こんな騒音の中にわたしは存在するのだと、とても同情的な気持ちになる。狂わずにいるじぶんを称えるべきかもしれない。雑念が思い浮かんでも、それに気づき、すぐに手放す。数分それをつづけると、腹式呼吸の効果からか、体がじんわり温かくなってきた。ふだんは冷たい足先にまでしっかり熱が届いているような気がする。

あらかじめ15分のタイマーをかけておいた。アラーム音はできるだけやさしい音をえらぶ。続けていくうちに、ほんのすこしコツをつかんできたかもしれない。頭の中を完全に空っぽにするのはむずかしいけれど、スマートフォンが時間を知らせたころには、そのうるささからは、ほんの少し遠ざかっていた。

調べたところによると「気づく」というのは、仏教における瞑想の技術としてとても基礎的なことなのだという。ヨガの先生が言っていたことも、それに近いようにおもった。日常を過ごしていると、ドラマティックなことばかりに目がいって、なんでもないことは通り過ぎていってしまう。じぶんのことばかりを考える脳のリソースをすこし解放したら、もっと日々の解像度を上げていくことができるかもしれない。

早起きや運動のような身体習慣が定着するには、3カ月継続することが大切らしい。瞑想をまずはこうやって非日常として取り入れて、すこしずつそれが日常になっていくといいな。わたしの頭の中がいまよりももっと静かになったときには、ひとりでどこか遠くへ旅行してみたいとおもう。

冬日さつき

冬日さつき

校閲者、物書き。
新聞社やウェブメディアなどでの校閲の経験を経て、2020年からフリーに。小説やエッセイ、ビジネス書、翻訳文など、幅広い分野に携わる。「灰かぶり少女のまま」をはじめとした日記やエッセイ、紀行文、短編小説などを電子書籍やウェブで配信中。趣味のひとつは夢を見ること。

Reviewed by
Maysa Tomikawa

「柔軟であるために必要なのは、やわらかさではなく、しっかりとした基盤なのだと感じた。」

わたしも、まったくその通りだと思う。しっかりとした基盤があると、どんなに雨が降ろうと、風が吹こうと、石が落ちようとも案外大丈夫だったりする。柔軟であることは、強くなるということ。基盤を育てるのには時間がかかる。できれば、根が深く強く絡んでいる方がより良い。

深く息をして、頭の中と向き合うことは、畑を耕すことに似ている。必要なところに水をあたえ、不要なものを間引く。根を深く強く育てるのには、そういうセルフケアも大事だ。大事だとわかっていても、なかなか簡単にできることではない。気付いたら、日々の忙しさにかまけて、深呼吸することを忘れてしまったりする。とたんに視界が曇る。

基盤をより強く育てるためには、日々の気付き、それこそ頭の中のノイズ、街ゆく人から発せられるノイズや、目に見えないほど遠く、日常には関わりのないように思える他者が発するノイズにも耳を凝らして、少しずつ向き合ということが大事になってくる。だから、頭の中のうるささに負けて迷走することがあっても、瞑想することはやめないでほしい。新しい酸素が身体中にまわったら、多分きっと新しい気付きがあるから。

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