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2F/当番ノート

かれらの肖像 #4_リバーサイド

当番ノート 第54期

数年前のこと。

久々に群馬に帰省することになったので、私は「この機会にどこかしら散歩しませんか?」と友人のKさんに連絡をした。

Kさんはやわらかな雰囲気をまとった所作の美しい女性だ。
一緒にいるととても安心できて、互いに喋らない沈黙の時間さえも心地がいい。言うまでもなく私の大好きな友人のひとりである。

件の連絡に返ってきた返事は「ぜひ!」というものだった。
場所はお任せとのことだったので、彼女の最寄りから少し遠くはなるが前橋の街の中を散策することに決めた。

高崎駅で待ち合わせをし、某パスタ専門店でお昼を食べてから両毛線で前橋駅まで移動。前橋駅北口を出てけやき並木通りを歩く。
駅を出た瞬間、私たちは申し合わせたように同時にカメラを取り出す。
二人とも写真を撮ることが好きなので、よくこうして機会をみては「写真散歩」と称していろいろなところをうろついているのである。

Kさんと前橋の街中を訪れるのは確かその日で三度目か四度目だった。
歩きながら近況を報告しつつ立ち止まって写真を撮ったり商店街のお店をちょっとのぞいたりする。時間はゆるやかに過ぎ、穏やかな空気が心を満たす。
前橋の街中は「街中」と呼ばれてはいるもののだいたい閑散としていて、平日の昼間など特に人が少ない。にぎやかで活気のある場所が好きな人にとってはピンとこないかもしれないが、私も彼女も人混みが苦手なので静かでのんびりしたこの街が気に入っていた。

商店街をぬけると広瀬川につきあたる。
ここは広瀬川河畔緑地と呼ばれ、昭和50年から整備が行われてきたそうだ。現在は綺麗な遊歩道になっていて、小さな遊具があったり萩原朔太郎の銅像がいたり、柳の下につやつやした石のベンチがあったりする素敵な場所である。

他愛のない話をしながら川沿いをぽくぽく歩き、途中でベンチに座る。
あの日の私は悩みをかかえていた。うまく働けず、様々なバイトをしては辞めてを短期間で繰り返していた時期だったのだ。
みんなが普通にできていることが自分にはできない、それはかなりしんどいことだった。

このもやもやをKさんに話したいと思った。でもその時はためらいのほうが大きかった。
せっかく一緒に楽しい時間を過ごしているのだから暗い気持ちにさせたくないし、話して幻滅されたら嫌だという自己保身的なくだらない気持ちがあったからだ。

私は口を閉ざし、流れていく川を見つめて悲しい気持ちになっていた。

しばらく沈黙がつづいてふとKさんを見ると、どうすればいいかわからなくて焦ったような表情をしていた。急に押し黙った私のことを心配してくれているのだということがはっきりとわかった。
彼女のやさしさと気づかいが大きな安心感に変わり、何かがゆっくりと溶けだす。

こんなふうに誰かに心を開ける日がくるなんて思っていなかったな、と思った。
彼女にはいつも助けられてばかりだ。

晩秋の夕方。柳が風に揺れ、川はとどまることなく流れていく。
それはいつまでも心に明かりを灯す、なんでもない日のあたたかく大切な思い出である。

望月 柚花

望月 柚花

1993年生まれのライター兼フォトグラファー。群馬県出身・横浜市在住。
本と音楽と写真と甘いものが大好き。毎日元気に生きています。

Reviewed by
ほたるいか

「もう無理だ」と絶望する日に思い出すのは、どうしたって、こうもささやかな記憶ばかりなのだろう。目をつむって、とるにたらない日々のことを恋しく思う。ふたりの写真散歩のように、私も寒空の下で、ほかほかの肉まんをあの人と半分こしながら、あてもなく歩いたことがあった。かなしみが溶け出す様子はまるで「雪解け水」みたい。私たちの感情は、ひとしく流れてゆく。

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