当番ノート 第9期
目を開けると、ハナミズキがこちらを覗き込んでいた。 いつの間に寝ていたのかしら?わたしは体をおこす。 今が何時だか分からない。 ただ、夏の夜特有の湿った空気が体を生温く包み込み、視界にはまるで牛乳みたいな、白い膜が張っていた。 ふと上を見上げれば、群青色にちいちゃな宝石さながらのお星様が散らばる。 私はフローリングの床にねっころがって天井を見つめた。 底がないふかい井戸のようだ。遠い昔のひかりが遠…
当番ノート 第9期
これは、僕がまだ高校一年だったときの話だ。 つまり今から20年以上前のことになる。 僕は、学園祭の準備委員で一緒になったある女の子に恋をした。 入学してからずっと彼女のことが気になっていたのだと思う。 準備委員になってからは、用事があるわけでもないのに 彼女によく電話をかけたりしていた。 もちろん携帯電話なんて便利なものはない時代だった。 電話をしても本人がでるとは限らない。家族がでるかもという緊…
当番ノート 第9期
挿画:臼井史(アパートメント) 文章:森田れい時 『不確かな私の確かなゆらぎ』 高速バスは時間通りにターミナルを出た。乗車前に買ったサンドウィッチは、お茶のペットボトルと一緒に、バス・ターミナルの待合室に忘れてきた。鞄から取り出した音楽プレイヤーは、電池が切れていた。 感傷に浸るタイミングも逃して、わたしは、窓の外に過ぎ去る建物や、角度だけ変えていく雲をぼんやりと見ていた。 …
当番ノート 第9期
バランスをとろうとしてるだけだから。 今あなたは、なにしてる。 他人を否定しなさんな。 他人がどう考えて 何を思ってるかなんて そんなこと、わかんないんだし。 本当のことなんて、誰もわからないんだし。 今人生で、どんな場面に直面していたとしても それをしてたら、それでいいよ。 きっと、バランスをとろうとしてるだけだから。 ただ、ありのままの自分でいれたら、もっといいけどね。 今あなたは、なにしてる…
当番ノート 第9期
これは、宇宙で迷子になったアルパカの青年の話。 「助かりたかっただけなんだ。」 . . . . . .
当番ノート 第9期
専門学校を卒業した年だから、あれは2006年。 その頃フリーターをしていたわたしは、夕方からのアルバイトまでの時間をつぶそうと 自由が丘のヴィレッジヴァンガードに行った。 いろんなものが天井近くまで積まれた島をいくつか眺めながら、 ぱっと目についたのが、トイカメラコーナーだった。 本当に写真なんて撮れるのかあやしいような真っ黒くて四角いプラスチックの山を眺め、 その山の下に置かれた入門書のような本…
当番ノート 第9期
写真を始めたのは大学生になってから。フィルムカメラを貰って暗室に入って展示してたらいつの間にかどっぷりはまってた。途中からギャラリーのワークショップに参加して写真を通しての友達が増えてきて東京という場所で「写真」を中心に生活していた。ような気がする。写真を撮ることは好きだしなにかを作ることも好き。展示だってもちろん楽しい。ただ去年くらいから思い始めたことは僕は写真を撮る行為が一番好きなわけではなく…
当番ノート 第9期
あなたの目に映る私のこと。 私の中から見える私はたくさんいて あなたの瞳の窓から見える私はせいぜい二つか三つ、 耳から聞こえる私を足したら四つくらいにはなるのかな。 とにかく、私の中にいるたくさんの私のことは、きっと私しか知らない。 それと同じように、あなたの中にいる全員のあなたのことは、きっとあなたしか知らない。 だれかと初めましてを言うとき、 私は必ず、私の中にいる私のうち一人を紹介する。 こ…
当番ノート 第9期
その時、僕は18年前の夏にいた。 見渡す限りの水田には、青々とした稲穂がびっしりと実り、 整然と並び交わる畦道が、世界を均等に区別していた。 真夏のじりじりと照りつける太陽の光と、うだるような暑さのなかで、 ほんの一瞬だけ、無邪気に口笛を吹くようなそよ風が、僕の頬をなでた。 ずっと向こうまで続く緑色の稲穂が、まるで大きな絨毯のようで、 どこからかやってきた風に吹かれて、軽やかに波打つのが見えた。 …
当番ノート 第9期
お休みの日。窓越しの空で電車の音がする。踏切の警報機。いくつも並んだ車輪の音が、青い空の岸を大きく曲がり、雲の森へ入るのを、ソファに埋まったまま見ていたら、器の割れる音がした。 「うわ、ごめん」という声に、ソファの背もたれ越しでキッチンを見れば、太郎さんが割れたお皿を警戒しつつ、機嫌を伺うようにこちらを見ている。 私はいいよと伝えるつもりで、「にゃーお」と一言口にした。 「だいじょうぶ、怪我し…
当番ノート 第9期
ぼくらの生きるこの世界は 捉え方で、見え方で、伝わり方で どうにでもなるし どうにでもなってしまう。 結局ぼくらは、自分が可愛くて仕方がない。 現代をある程度不便なく生きれている人は、 そんな思考が、どこか頭の片隅にあるはずだ。 もしくは、片隅にも置けないほど忙しくしているか。 世間体、立場、環境、在り方、居場所、偏見、生き方、存在することについて。 あらゆるテーマが転がるさなか、 ぼくらは、いつ…
当番ノート 第9期
やさしい死神は、不器用に人前にあらわれるから 村人たちから嫌われていました。 やさしい死神は、誰も死なせることができないから 死神たちからも嫌われてしまいました。 雨の日、やさしい死神は森の老人の小屋を訪れました。 嘘をついて、迷子の人のふりをして、おじいさんを困らせました。 もうすぐ死ぬ順番の、森のおじいさん。 帰るところがないと告げると おじいさんは一緒に暮らそうと言ってくれました。 ミルクコ…