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2F/当番ノート

過去 #4 〜プロローグ〜

当番ノート 第9期

その時、僕は18年前の夏にいた。

見渡す限りの水田には、青々とした稲穂がびっしりと実り、
整然と並び交わる畦道が、世界を均等に区別していた。

真夏のじりじりと照りつける太陽の光と、うだるような暑さのなかで、
ほんの一瞬だけ、無邪気に口笛を吹くようなそよ風が、僕の頬をなでた。

ずっと向こうまで続く緑色の稲穂が、まるで大きな絨毯のようで、
どこからかやってきた風に吹かれて、軽やかに波打つのが見えた。

とても静かに、けれど、ほんの微かに揺れた空気の振動は、
胸のざわめきと重なって、一瞬、それ以外の音がなくなった。

そのざわめきは、僕の中から聴こえたようだったけれど、
そこではないどこか遠くからやってきたようにも思えた。

それから、風は胸のざわめきを連れて空の向こうへと消えていった。
 
気づけば、耳のずっと奥で数万匹の蝉の声が鳴り響き、
見上げれば、空の陽がまぶしく降り注いでいた。

高校1年生だった僕は、短い夏の間に簡単な、
けれど、忘れがたい恋をした。

濱田英明

濱田英明

1977年、兵庫県淡路島生まれ。写真家。アジアとヨーロッパで展覧会開催後、2012年12月、写真集『Haru and Mina』を台湾で出版。『KINFOLK』(アメリカ)や『THE BIG ISSUE 』(台湾)などの海外雑誌での掲載ほか、国内でも広告、雑誌を中心に活動中。2013年8月兵庫県篠山のcolissimoとrizmにて国内初の展示を開催予定。

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