2013.03.11
10:00頃に目が覚める。
今日は久しぶりに部屋でゆっくりしようかと思っていたけれど、
ふと思い立って1人で海に行くことにした。
電車を乗り継いで、13:30くらいに茅ヶ崎に到着。
安かったので、途中の八百屋さんでイチゴを買う。
コンビニで買ったおにぎりは海に着くまでに食べてしまった。
1人だし、トンビこわいし。
着いてすぐに靴を脱ぐ。砂はあたたか。
もう砂のあたたかさを信じてしまってるな、わたし。
ぼんやり思う前に驚きがあることを大切だなと思う。
写真を撮り始めるも、あんまり撮れず。
というよりかは、ぼーっと座っている時間が長かった。
砂浜に座ってイチゴを食べて、指が真っ赤に染まる。
鳥がぶわーっと飛び立っては舞い降りる。
2羽ずつ飛んでいる。恋の季節なのだなと思う。
きのうトシさんにmamiyaのRZ67を借りた。
はじめて使うカメラは緊張する。
テトラポットの島の方へ行ってみたら、人が多かった。
犬を連れてる人が目立つ。
*
14:46、海に向かって目を瞑る。
5分前にそれを促す放送があった。
2年前、奈良にいた。
ヤドカリみたいにこたつに潜ってみかんを剥きながらテレビを見ていた。
今日みたいなあたたかさはなくて、とても寒かった日。
最初は目眩だとおもった。
照明のカサがゆらりと揺れて、それが地震だと気付く。
そこまで大きくないのに、近くで揺れている感じがしない。
ゆらり、ゆらり。
気持ちがわるい揺れ。
テレビからは速報が流れ出す。
宮城や福島で大きな地震があったらしかった。
そこからは、あっという間。
父親から、八戸のおじいちゃんや盛岡や仙台の親戚たちは
無事だと聞いたことは覚えているけれど、
テレビのまえに座ったまま気がついたら夜中になっていて
「寝なきゃ」と思ったのは明け方近かったと思う。
「いったいわたしがどれだけのことを見られるんだろう。」
あの日からのこと、口にしようとしてもどうにも音にならなかったんだ。
ショックも受けたし、悲しかったし
大切な人たちも、そうじゃない知らない誰かのことも、心配だった。
締め付けられるみたいに胸も痛めたけれど。
できることは?って焦るみたいにしていたけれど。
わたしは、それだけだった。
今日、海に行こうと思い立ったこと。
駆られるみたいにして電車に乗ったこと。
わたしにできることなんて、あの日からずっと、
そんなにたくさんはなかったと思うんです。
わたしが海に行ったことなんて
あまりにも取るに足らないことだから、
からだいっぱい、こころいっぱいに
当てどころのない気持ちを抱えた人たちの前でそんなこと
ほんとはね、意味すらないのかもしれない。
今日、海に行こうと思い立ったこと。
走ってる人はただ、走っていたし
本を読んでる人はずっと本を読んでいた。
しあわせそうな人はしあわせそうだったし
そうじゃなさそうな人は、そうじゃなさそうだった。
けれど、きっと誰も忘れてなどいない。
なんにもなかったことにはできないし
そんなことに、絶対しないけれどね。
それでも
今日はあったかいなあ
癒えないこともあるけれど
拭えない不安もあるけれど
風が気持ちいいなあ、春だなあ
あの日は大変だったよね
まだまだこれからだね。
そうやって
いつまでも、どこまでも、誰もが誰かの、いのちを祈りながら。
きっと、ずっと、誰もが誰よりも、日々の暮らしを続けていく。
わたしは懲りもせずに、自分のことだらけの日々を送っている。
手の届く範囲にいる誰かを巻き込みながら、やさしくなりたいと願っている。
いつもとなりで笑ってくれる人がいて、わたしも底抜けに明るくなるんだって知っている。
凛とすることに憧れっぱなしで、散歩するみたいに生きてる今日がすべてだと信じている。
爪の横は、痛くささくれたままだけど
それでも明けない夜、なかったやんなあと言った昨日。
朝起きたら、泣き止んでるやんかと思う今日。
「この手がいったい何を叶えられるんだろう。」
寝てばっかりじゃ満足できない頼りのない体や
こころが揺れたらぎこちなく、それでもうごく足。
今日、海に行こうと思い立ったこと。
たしかめられたら、ようやくわたしも
これからはじまれるんじゃないかと思ったこと。