学生の頃からお世話になっていた「天下一品」「こってり」ラーメンはふた月に1度は食べたくなります。先日も出先から江古田のお店に立ち寄りました。関西発の青春の味ですが、その関西出身者たちが関東でも本物の味だと認めるいくつかのお店のひとつです。
通称「天一のこってり」この食べ物の特徴はスープで、麺は若干水っぽくて柔らかく、上に盛られる具材にも驚くようなものは特にありません。ぼくの場合「チャーハン定食」を注文しますが、どこのお店でも常にボソボソしてて、町の中華屋さんのそれに比べると物足りなさが残りますが、その中途半端なクオリティーも実は、すべてはこってりスープのためにあると思えてしまうくらい大好きです。
先日いつものように「チャーハン定食・こってり」を注文し、いつものようにお店の様子を観察しながら、出来上がるのを待っていると、カウンターの向かいに座った人が、「こってり・麺やわらかめ」と注文していました。さっき店を出て行った若者の2人組は、「こってり 麺硬め」でした。
柔らかめを注文するなんて珍しいなと思いつつ、確かに最近の天一の麺は少し固めになったような気がしていました。近頃話題に上るラーメン店はどこも麺が硬めで、味が濃く、逆に昔ながらの食堂の「支那そば」と呼びたくなるやつは、柔らかい麺とさっぱりした味のスープで、それだけでも感動的ですが、今の若者達はこういうお店でも硬めを好むかもしれません。つまり、硬めの麺を好むのは、近頃の傾向なんだろうと思います。
あの柔らか麺の天一ですら、お客様の志向の変化により、知らず知らずのうちに硬めにシフトしてきている。志向の潮流には抗えないから、昔からの味を好むお客さまが思わず、「こってり柔らかめ」と言っているのかな、などと思っていました。
この一連のやり取りを眺めながら、即座に連想したのが、写真のプリントのトーン。先日新宿御苑前のギャラリーシリウスで観た山下洋一郎さんの作品が、独特のふっくらした暖かみを持つトーンに仕上がっていました。同時に、プリントが今っぽくないと感じました。
多分妙な見方をしていたのだと思います。後から山下さんが、声をかけてくださり、今はほぼ不可能になったポジフィルムからのダイレクトプリントとのこと。
デジタルネイティブの若者たちからは、「眠い」「濁ってる」などと言われてしまいそうです。でもこれこそが本来の写真プリント固有の味わいだったはずなのですが、今の展覧会では、このトーンを味わうチャンスは滅多にないでしょう。
以前ある現像所の営業マンから聞いた話ですと、デジタルプリントとフィルムからの引き延ばしの両方を手がけているうちに、この10年くらいでだんだん、ラボの現場でも注文を出す写真家側も、デジタル特有の冴えの強いハイライトと明瞭な色彩感に引っ張られて、アナログ的なプリントのOKテイクの調子が変化してきている。10年前に自分が納品したプリントを観る機械があると、一瞬「眠い」と感じてしまう自分がいるそうです。確かに、日頃パソコンやスマートフォンの液晶のモニターでならされている眼には、アナログ的な色調はどことなく濁ったように感じられることがあります。人間の眼も、時の流れとともに好みの潮流が変化している気がします。
紙が変わろうと、記録媒体が変わろうと、一切トーンが変わらず、数十年前のプリントと最近のプリントを一緒に並べても何の違和感も感じられない作家さんもいます。例えば鬼海弘雄さんの作品などがそうだと思います。こういうブレずに芯の通った制作スタイルを守り抜く姿勢にまず感動を覚えますし、伝統の味を守り抜く老舗のご主人のこだわりを連想させます。