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2F/当番ノート

風を感じに行こうじゃない

当番ノート 第38期

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 小麦畑に囲まる偉大な広野。それこそが、スペイン巡礼。またの名をカミーノ・デ・コンポステーラ。熱射の昼下がり。かくも陽気な日差しを浴びて、風は体を透き抜けて、あぁ、どこまでも、吹いてゆく。ピュアな青空に、丸い雲が浮かんで。おや、涼しくなったな、と思えば、見上げてみる。そこに日除け代わりの雲が。雲に感謝するなんて、生まれて初めてじゃあないだろうか。
 
 世界はこんなにも自由だったのか、思わずにはいられない。赤褐色の大地。柔らかくて、踏み出すたびに、心地よく。大地とはこんなに優しかったのですね。感動のベルは鳴り止まず、僕はここで、生きて、生きているんだな、なんて。あァ、幸せだなァ。こんなに幸せで、いいのかなァ。

 昼の二時を過ぎれば、今日はここらで打ち止めにしよう。宿を見つけ、木枠のベッドにザックを下ろせば、街へと繰り出す。街、なんて言ってみたけど、ほんとは百人にも満たない村なわけ。石畳の上をサンダル履いてぷらぷらしてるだけで、この国の陽気さを感じられて。どんなに小さな村にだって、バーの一軒はあるもんだ。じゃなきゃ、どこで飲むって言うんだい。さぁ、入り口をくぐってこう言おう。

Uno cervessa.
(ビールを、ひとつ)

 シィ、とチェックのシャツを着たひげの親父が言ったなら、表の、一番日の当たるテラス席に腰掛ける。そんで、いろんなことを考える。日本では、あんなことしたなぁ。苦しかったよなぁ。でも、でもよ。今は紛れもなく、ここに居るってわけ。それだけは間違いないのさ。分かるかい。

 そら、親父がビールを持ってきた。栓はあらかじめ抜いてあるね。つまみにポテトチップなんかつけてくれて、ありがとうよ親父さん。ひしゃげたポテトを口に放り込むと、オリーブオイルの香りが鼻に抜けて、そいつをビールで流し込む。喉を滑り落ちる黄金の液体。ぐぁあ、たまんねぇよ、これ。

“Can I join?”
“Sure”

目の前にドカリとすわる白人の男。

「どっから?」
「フランス。君はサウスコリアか?」
「いいや、日本」
「わぉ、それはいい。なんたって、僕は、いやフランス人は日本のカルチャーが好きなのさ」
「そいつはどうも。僕はハヤテ」
「アヤテ」
「違うよ、ハヤテ。H’A’Y’A’T’E」
「ハヤテ」
「そうそう、完璧」

取りあえず、話は置いといて、ここらで乾杯を。

        ”Cheers!!”

弾け合ったふたつのビンが、スペインの太陽をキラリと反射する。そいつを一口ぐいっとやって、さぁ語り始めよう。

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どうだい、行きたくなったろう?ヨーロッパは高い、だって?馬鹿言っちゃいけねぇよ。中国乗り継ぎとか、ドバイ経由で行きゃあ、往復七万といくらか、ってところさ。行けないわけないだろう。さぁ、飛び出して。そんな窮屈な世界。あんたが一番よくわかってるはずだぜ。そこにいちゃあ潰れちまう、ってことは。だからさ、

なんだよ、ウジウジ。行かない理由を並べ立てて、何がしたいのさ。
ならさ、心に聞いてみな。

違うよ、頭じゃない。きみの、きみだけの温かいハートにさ。
ほら、どうだい。答えは出てるだろ?

     風を感じに
           行こうじゃない。

Reviewed by
浅井 真理子

太陽はひとつしかないのに、異国で浴びる陽射しは確かに何かが違うようだ。交わされる言語、小麦畑の色合い、名前も知らない人たち。それらは長く閉ざされた部屋に流れ込む新鮮な風のように瑞々しい。

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