「6本の腕について」
自分は鉱物標本を集めるのが好きですが、どうしても自分の手元に置いておくことができない鉱物結晶があります。
それは雪です。
結晶は、気体や液体になっていた物質が温度変化等により固体となるときに作られます。それぞれの物質により融点が違うので、純粋な物質として固体となりやすく、その分子構造が反映された独特の形状に固体化するのです。水晶の結晶などを思い出してみると、まるで地面から生えてくるような形をしていますが、雪は六角形を基本とした対称な形をしています。これは空中にあるホコリ等を核として、気体でいられなくなった水が固体化して周囲にくっつき、空中を回転しながら成長していったためです。じつは、雪の結晶は、よく知られた六角形の板だけではなく、針状のもの、弾丸型のもの、鼓型のもの、さまざまな種類があるのです。しかし、それらさまざまなかたちの結晶も、すべて六角形を基にした形なのです。
雪の結晶における「六角形」とは、何なのだろうか。その疑問に初めて真剣に取り組んだのは、天文学者として有名なヨハネス・ケプラーでした。(宇宙の謎を解明するために用いられた望遠鏡の技術で、微小な結晶を観察する顕微鏡の性能も上がっていたのです。)まずケプラーは、物質を形成する粒子がどのように並んでいるかを考えてみました。それらの粒子は、同じ個数で最も小さい体積になるように、最も効率的な並び方をしていると予想し、それはどのような並び方であるかを計算しました。(それはつまり、果物屋の軒先にオレンジをどのように積めば一番多く積むことができるか、という問題と同じです。)
ケプラーが考えた並べ方はこうです。一つの丸の周囲に六つの丸を配置することで「六角形」をつくります。それを延長延長することで、一番下の層を作ります。その上の層は、下の層のくぼみに玉を置くことで、ずらしたかたちで下の層と同じ層を作ります、そしてこれを繰り返していくのです。これが本当に最も効率的な並べ方であるということは、1998年(意外と最近!)にトマス・ヘールズという数学者によって証明されました。
ここに現れる「六角形」と、雪の結晶の形には関係があるのではないか、とケプラーは考えました。その考えによると、球形の雨粒が雲のなかでぎゅうぎゅう詰めになり、(まるでぎゅうぎゅう詰めの柘榴の実が変形してしまうように)最も効率的に「六角形」のかたちに変形してしまった、ということです。しかし、このケプラーのユニークな考えは間違っていたことがわかりました。X線検査により、雪の結晶の分子構造が見えるようになったのです。
水はご存知の通りのH2O、酸素原子一つに水素原子が二つがくっついている形で構成されています。水が結晶となるとき、酸素原子は元々持っている二つの水素原子に加え、他の分子から二つの水素を共有して、計4つの水素を持つことになります。それら4つの水素が、できるだけ離れて酸素の周りに配置されます。すると、どうなるでしょうか。4つの水素を4つの頂点と考えたとき、出来上がるのは4つの正三角形を面とする図形、正四面体です。これが雪の結晶の基本図形だったのです。
では、この正四面体を隙間なく並べていくと、どうなるでしょう。なんと「六角形」が現れてくるのです!(正三角形を六つ、一つの頂点を共有するように並べると六角形が現れるのを想像できるでしょう)それはつまり、ケプラーの考えた最も効率の良い並べ方と全く同じものが出来上がるのです。
ケプラーの考え方は正解ではありませんでしたが、「六角形」に関する直感は間違っていなかったのです。
私たちがよく知る雪の結晶は、ただの六角形の板ではありません。それぞれの頂点から6本の腕を伸ばしています。それはなぜかというと、結晶が成長する過程で、新しい水分子は、平らな面ではなく引っかかりのある六つの辺にたくさんくっつくためです。そして六つの腕が伸びたところにさらに水分子が集まり、シダのようなフラクタル構造を作るのです。これが、六角形と6つの腕の正体でした。