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実は常にいるもの

メニハ ミエヌトモ

発酵生活の道にハマっていったのは
実は「自ら」というより娘の存在が大きい。

娘がいなかったら、発酵の世界にここまで入り込まなかったのかもしれない。

まるで「首根っこを掴まれてヒョイとこの世界に放り込まれた」、
どちらかと言えばそんな表現がぴったりだ。

不思議だけれど。

そもそも発酵との最初の出会いは
子育て中によく遊びに行っていた施設で天然酵母パンの教室があり、
しかもその告知のチラシには「酵母おすそ分け」とあったのがきっかけ。

天然酵母のパンという言葉は知っていたけれど、
その頃は普通のパンとどう違うのか知らなかったし、
何より「自分で酵母を持つ事が出来る?」
という未知なる世界に期待を抱いた。

その教室で植物の葉や花、果物には酵母がついている事、
その中でも果物は特に発酵しやすい事、
など教えてもらったのだけれど、
もっと知りたくなってその数日後に図書館で天然酵母パンに関する本や
発酵についての本を借りて読んだ。

私の中で何かにスイッチが入った瞬間とも言える。

おすそわけをしてもらった酵母
(レーズン+水+砂糖に先生の酵母を少し入れたもの)
も元気に育っていった。

最初はレーズンに小さく気泡が付いて、だんだんそれが増え、
泡をプクプク出していく様にただならぬ感動を覚えると同時に、
とても不思議な感覚に襲われる。

今までレーズンはそのまま食べる事しかしてこなかったし、
ましてや「生きている」なんて思った事など一度もなかったのに、
その眠っていた「何か」が目覚め、確実に変化している様に
「生きていたのか!」
と思ったら、目の前にある瓶の中の存在がとても愛おしくて
可愛く思えて仕方がなくなったのだ。

何というか、まるでペットを飼っている気分。

そして冷蔵庫をおもむろに開け、瓶を外側からマジマジとながめた後、
蓋を開けて「シュッ」という音を聞きながら
ニヤニヤとする生活が始まる事となるのですが、
それからというもの、色々な物を発酵させてみる事に。

身近な果物をいくつか発酵させ、
ハーブも発酵するか実験をし、
野菜も少々発酵させては喜び、
見えない「何か」が生きている様を見て喜んだ。

ハーブティーでお馴染みのローズヒップとハイビスカスの組み合わせに至っては
実によく発酵し、パンまで出来た!

発見の喜びと感動のあまりどうしていいか分からなくなったので
とりあえずこの感動をハーブショップの店員に伝えてみたり、
ママ友に伝えてみたりと、興奮していた事は記憶に新しい。

因みにこのローズヒップとハイビスカスの酵母液は
微炭酸で酸味があって美味しく、家族で良く飲んでいたのだが
気をつけなければあっという間にアルコールが発生する。

つまり発酵の進みが早い。

あらゆる酒はこの「酵母→酒」の工程をたどるのだが、
意外にも簡単に酒が出来てしまう事に驚く。

わざと酒を造っているつもりはないが、勝手に酒になってしまうのですよ。

因みにバナナの酵母に至っては酒を通り越して酢になってしまったのだが、
空気中にいた酢酸菌(酢にさせる菌)が入り込んだのでしょうねえ。

これにも本当に驚きました。

酵母液が酒となり、その中に酢酸菌が入ると酢になる。

だから酒と酢は兄弟みたいなものだ。

例えば日本ならば米から酒が出来、酢ができるし、
ヨーロッパならブドウから酒が出来、酢が出来る。

りんごだってそうだしバナナだってそうだ。

それぞれに酒もあり、酢もある。

そしてその物によって発酵が進む度合いは違うけれど、
発酵速度が早いものはとても早い。

因みにローズヒップ+ハイビスカスの他にも
実のハーブで発酵したものはあったけれどパンまで至らず、
それはラベンダーやカモミール、ローズもそうであった。

プクプクと小さな気泡は出す。

ただ強くはない。

果物でもパンに向くものと、作りにくいものがあって
(作るのが上手な人は出来ると思うけれど)その中でもレーズンは抜群の安定感。

自家製天然酵母でパンを作る人の多くがレーズンを使う事が多いのは
とても納得がいく。

そして何といっても、パンではないけれど梅の発酵する力強さには驚いた。

何というか、梅が身体に良いと言われる理由が
発酵を通して分かる気がする。

とにかく生命力(=発酵力)が強い。

逆に梅の場合は、いかに発酵させないか、
という所に気を付けなければならず、だから梅のシロップを作る時は特に
砂糖をしっかり入れる必要がある。

そうじゃないとね、あっという間に発酵するのですよ。

砂糖も塩も菌の働きを抑える力があって、
保存食を作る場合、砂糖や塩を沢山使うのはそのため。

更には素材によっても発酵の力も違って、
いわゆる「オーガニック」と言われるものはより発酵する力も強いのだが、
この事は後に農薬などとも関わってくるのだと知る事となり、
私はこの「農薬」に関して、発酵を通して考えさせられる事になる。

農薬の問題はね、なかなか難しい所がある。

けど、このままでは人間の身体がついていかなくなるのではないか、
そう思う所もある。

この話はまた後程。

お恥ずかしながらこの頃は発酵したものをパンにして食べる、
という事より「発酵させる」ことに興味があったので、パン作りは二の次。

私は、目には見えない酵母が「生きている様」を確認できればそれで良くて、
そのためかその頃のパンは過発酵で酸っぱくて美味しくなかったと思う。

プクプクと膨らむパン種に見とれすぎていたのよね、単純に。

そんな感じで酵母と戯れていた矢先、
私の発酵生活に変化が起こり、見とれているだけではなく
生活に密着するような方向へ行く出来事があった。

それが東日本大震災だった。

カヲリグサ

カヲリグサ

目には見えないけれど、確実に存在するもの。
その中の1つに発酵があります。
発酵を通して見えてきた、私なりの解釈と世界観です。

Reviewed by
はしもと さゆり

カヲリグサさんは、酵母を作る行為を「まるでペットを飼ってる気分」と表現する。発酵とともにある生活は、自分以外のコントロールできない何かと共存する暮らしなのかもしれない。

何年か前に友達住むタワーマンションに数泊させてもらったとき、ベランダに洗濯物が干せないことに驚いた。部屋には、浴室乾燥機や全自動の洗濯機がついているから困ることはないという。朝がくれば目の前で降り注ぐ太陽の光ではなく、遠くの村の大きな発電所から太い電線をいくつも経由してやってくる電気と共にある整った暮らしが、この街では至る所に打ち立てられる。

それに気づいて、私は太陽の光について考える機会が増えた。洗濯物が干されるその牧歌的な風景がこれまで以上に好きになった。太陽は味方だ。家の前の路地で、まな板や水切りかごを天日干しして滅菌したり、福島の大玉村で、向こう3日雨が降らないことを確認して(祈って)芳子さんと一緒に梅干しを仕込んだりした。

同じ東北の仙台、カヲリグサさん家の冷蔵庫にある瓶の中では、水と砂糖と果物と菌が合わさることで、プクプクと泡が生まれて、何かが作られはじめる。その様子をぜひ味わって読んでいただきたい。菌や日の光や土、流れる川の力、潮、風、それから時間。そういうものを味方につけて、共存していきたい。

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