高級魚「のどぐろ」として有名。関西圏ではあまり出回らないのか、それとも高級魚だから縁がなかったのか、大阪では存在を意識した記憶がない。東京に引っ越してから、その名が目につくようになった。3年ほど前、職場の近くの仕出し弁当屋さんのメニューに「焼き魚(のどぐろ)弁当」というのがあって、ハテこの「のどぐろ」というのはよく見るけどいったい何者なのか、と調べて「アカムツ」という深海の魚なのだと知った。(残念ながら、その弁当の「のどぐろ」はパサパサで固くて、とても高級魚とは信じられなかった。)
正体を知りはしたけれど、分類上は「ホタルジャコ科」というあまり馴染みのないグループに属しており、近い仲間でピンと来るのがいないので頭の中での位置付けが定まらない。しかも深海の高級食用魚はキンメダイにしてもキンキにしても、目が大きくて赤一色の似たような見た目だから余計に印象に残りにくい。
おまけに、「ムツ」を名乗る魚が多すぎる。本家たる標準和名「ムツ」は、分類上アカムツと全く関係がないけれども、色が赤くないだけで形はよく似ている。これがムツなら、確かにアカムツたる魚は「アカムツ」と名付けたくもなろう。アカムツの色違いのような名前の「クロムツ」は本家ムツと同じ仲間。
子どもの頃、お正月の焼き魚の定番だった「銀だら」はしばしば「銀むつ」という名前でも売られていたし、さらに過去には「むつ」としても売られていたらしい。(現在は「銀だら」を「銀むつ」あるいは「むつ」と表示して販売することは禁止。)現在、店頭に並んでいる「銀むつ」の正体は「マジェランアイナメ」という魚らしいが、これはアイナメとは分類上関係がない。マジェランアイナメは「銀むつ」以外に「メロ」という名でも流通しているが、「メロ」にはマジェランアイナメの他に「ライギョダマシ」という魚も含まれているそうだ。「ダマシ」という接尾辞からわかるように、これもライギョとは関係がない。
…というように、アカムツ周辺の事情は大変にややこしい。自分の頭の中でもすっきり整理がついていないアカムツをなぜわざわざ選んで描いたかというと、西荻窪の居酒屋「浜魚」さんに贈るため。料理人の方には「美味い」ことが全てで、こんなゴチャゴチャはきっとどうでもいいことだ。