年末年始に帰省した時に訪れた奈良県大宇陀エリアの写真を使って文章を書きたくなり、訪れたスポットを繋いだ創作を1つ。
【創作:何がなんでも奈良】
「奈良にでも行かへん」
年末年始に実家に帰ってきても友人と会うでもなく、遠出するわけでもない僕を見かねて、母が言った。
「なんで奈良なん」
「普段あんま行かへんし、こういう時にええんちゃうかと思って」
「こういう時ってなんやねん。まぁええわ、行ってみようか」
こうして母と二人で奈良を旅行することになった。
てっきり鹿でも見に行くもんだと思っていたが、鹿や大仏にも会わない奈良への旅だった。
「奈良のどこに行くん」と聞いたところ、「どこか行きたいとこあるん」と逆に問われ、「いや、別に無いわ」と答えた。
朝早く起きて、母と最寄り駅まで歩く。
僕の実家はJRと阪急という2つの路線の最寄り駅から等距離にあるが、母は阪急電車を選んだ。
「奈良やったらJRの方が行きやすいんちゃう」と聞いたところ、
「そうかもしれへんけど、梅田で乗り換えたらそんな変わらへんやろ。JRは通勤の感じがするけど、阪急は何かちょっと旅の感じがあるやん」
言われてみればそんな気もする。
つい数年前まで中学・高校と阪急電車に乗って通っていた。社内にはスーツ姿のサラリーマンもいたが、それよりも学生の方が多かった。
梅田で降りて、大阪駅から鶴橋まで移動し、そこから近鉄に乗り換える。
「近鉄乗るのなんて何年振りやろう」と浮かれている母は僕よりも若々しく感じた。
実際18の頃に僕を産んでいるので、僕の同級生の他の親よりは若いはずだ。
もしかしたら僕は近鉄に乗るのがその時初めてだったかもしれないが、そのことを母には言わなかった。
徐々に高層ビルが無くなり、マンションも無くなり、民家も無くなり、車窓からは木々が鬱蒼としている風景だけが見えた。
いったいどこまで行くんやろうと思っていたら、「あ、この駅やわ」と母親が突如発して、2人で降りた。
「ここからバスに乗るねんけど、バス来るまで30分あるわ。お母さんな、ちゃんと調べてきてんねん」と母は言った。
「そうなんや。それより腹減ったわ、朝飯食ってへんし」
「ちょっと歩いたら近くにマクドあるから行こか」と言って、足早に母親は歩き出す。
年明けのマクドナルドは激混みだろうと思っていたが、そんなことは無かった。
歩きながら「どのモーニングセットにしようか。やっぱりハッシュポテトは外せへんな」と考えていたが、店に着くともうモーニングの時間は終わっていた。
結局、母はてりやきバーガーを、僕はフィレオフィッシュのセットを頼む。
席はガラガラで、いかにも赤提灯の居酒屋にいそうな男性2人組だけがいた。
「久しぶりやわ」と言いながら母親はてりやきバーガーを美味しそうにを食べている。
これまでに僕が付き合った彼女の誰よりも、母親の方が美味しそうに物を食べる。
離れた席では男性2人がひと際大きい声で、競馬とパチンコの話をしていた。
「年末も全然あかんかったしな」
「お前どの馬買うたん」
「〇〇に賭けたけど、あかんかったわ」
と聞こえてくる。
「家の方は最近どうしてるん」
「まぁ最近仲良うやっとう人おるねん」
「あ、そうなん。どんな人なん」
「ヤマザキの工場で働いている人や。まぁ俺らより年ちょっと上でいま47やけどな、よう世話してくれるしな」
「付き合うてどのくらいなん」
「いや付き合っては無いねん」
「え、お前どういうことなん」
小さい頃からの友人同士なのだろう。年明けに久しぶりに再会したのだろうか。会話の中で、少しだけ2人の距離も感じた。これ以上聞いたらダメな気がして、母親との会話に集中することにした。
「あ、もうバス停いかなあかん。急ぐで」
バスが出発するまで10分しかなかった
マクドナルドから駅前までの道を急いで戻る。
バスはまだ来ていなかった。
「間に合ってよかったわ。ちょっとトイレ行ってくるから、これ持っておいて」とマクドナルドのMサイズのコーヒーを持って母を待つ。
結局、3分遅れで到着したバスに乗る。
次の停車場が、僕らが先ほどまでいたマクドナルドの目の前だった。
「なんや、急いで駅に戻る必要なかったやん」
「そこまでは計画に入ってなかったわ」
その後、15分ほど揺られて、目的のバス停に着く。
バスを降りた後、スマホを見ながら母親はすいすいと進んでいく。
「ここや、ここ」
大宇陀と書かれたその地区は昔ながらの家屋が残されており、まるで京都のようだった。
「すごいな、人全然おらへんやん。年明けやからかな」
「分からん、まだあんまり観光地化されてへんからちゃう」
「へー、すごいやん」
「恐れ入った?」
「まぁな。多分おかんが思ってるより、俺テンション上がってるで」
「あ、あそこに神社あるやん。まだ初詣してへんし、行ってみようや」
母と神社の階段を登っていると、後ろから声が聞こえ、おそらく地元の人であろう、かばんも持たずに身軽な恰好の三人組が階段を上がってくるのが見えた。
「何円玉入れる?せっかくやから500円とか入れてみる?」
「500円玉って硬貨の中で一番大きいから、”効果がそれ以上ない”って意味で縁起がよくないらしいで」
「そうなん、じゃあ5円にしようか」
母親は僕の分も含めて5円玉を2枚財布から出して賽銭箱に入れる。
後ろから三人組の声が聞こえる。
母親は長いこと祈っていたが、僕は後ろから訪れる人達の声が気になり、先に階段へ向かってた。
「そういうところやで」
「なにが」
「分かってるくせに。あんま人のこと気にせんでええで」
「なんやそれ」
その後、神社を後にして、石畳を歩いた。
「これ見てや。野菜買ってこの中に小銭入れるねんな」
「ええなぁこの仕組み。もっと流行ったらええのにな。そういえば、賽銭泥棒ってどうやるか知ってる?」
「知らん。興味ないし」
「思ってるより単純でな、紐にガムテープつけて賽銭箱の中に垂らしてお札や硬貨をくっ付けて取るねんて」
「魚釣りみたいやな。引き上げる際にどっかで引っ掛かりそうやけど」
「そこは上手いことやるんちゃう。なんか、このまま観光地化されずにこのままの光景が残ったらええな」
「そうやな。あんまカフェとか出来へん方がええな」
「神戸の家売って、大宇陀に引っ越そうかな」
「それええかも」
「え、絶対反対するんやと思ってた」
「いや、どうせもう俺たまにしか家帰らへんし。神戸よりこっちの方が何か帰省した感じあるしな」
「ご近所付き合いとか大変なんかな」
「意外とそうかもな。ご近所様にハブられへんよう頑張ってな」
石畳を歩いてくと、道の駅があった。
「この近くに温泉があるねん」
「え、これから行くん?」
「いや、家のお風呂が一番落ち着くから行かへん」
道の駅の中を一通り見て回った後、外に出ると裏手に足湯があった。
「足湯あるやん、ラッキー」
「いや、タオル持ってきてへんやん」
「そんなん気にしたあかんで。自然乾燥でええねん」
昔から母は、無料で享受できるサービスには目が無かった。
「そろそろバス来る時間やな」
足湯に浸かりながら母は言った
「もう戻るん?」
「次、まだ行きたいところあるねん」
足湯からはバス停が見えたが、母が示した時間になってもバスが来る気配は無かった。
「バス全然来うへんやん。時刻表見に行こうや」
足を自然乾燥させる時間もなく、濡れたまま靴下を履き、バス停へ向かう。
「年明けやから休日ダイヤなんちゃう?」
「え、そんなんあり?」
「ちゃんと調べてきた言うてたやん」
「まぁこういうこともあるわ。次のバス来るまで30分あるから、そこのローソンでお昼買おうか」
自分が慣れ親しんだものしか食べない母らしく、道の駅ではなくローソンでからあげくんとおにぎりと麦茶を買って道の駅のベンチで食べる。
ようやく来たバスに乗って、来た道を引き返す。
「次、どこ行くん?」
「もう一か所、付いてきて欲しいところあるねん」
特に用事があるわけでもないし、家に帰ってもすることが無い。
なんなら、僕は母と旅している時間が貴重に思えて、まだ終わらないで欲しいと思うようになっていた。
冬の陽気な太陽を浴びながら電車内でウトウトし、辿り着いたのは、よく高校野球でも名前の聞く駅だった。
「ここやわ」
母の言われるままに改札の外に出る。
駅前では、新しく整備されたのであろう、大きな芝生の丘で子ども達が走り回っていた。
「こっちの方歩こう」
芝生で遊ぶ子ども達とそれを見守る母親たちを横目に、古めかしいアーケードを、まるで近所の商店街を歩くような足取りで母は歩いていく。
「T大学の入学パンフレットあります!」と書かれたコミュニティスペースが入り口にある。
アーケードは広く、仮に大阪にあれば、進行方向からも逆からも猛スピードでママチャリが行き交うような広さであったが、歩いている人は少なかった。生活用品を買いに来る所謂”商店街”とは雰囲気が違った。
アーケードの途中に「名物スタミナラーメン!」と看板に書かれたラーメン屋があり、もし母がおらず一人で散策していたら、確実に入っただろうなと思った。
駅を降りた辺りから、母の口数が徐々に減ってきていた。少し猫背にも見えた。今日のとても若々しく元気に見えた母が、実は僕のために無理をしていたのではないかと思う。
通りには、儀式の際に着る礼服が売られていたり、レトルトカレーのコラボ商品も売られていた。
アーケードの両脇には時折、立派な建物がいくつも並んでいた。よく見てみると、それぞれに「地名+詰所」と書かれていた。
各地域からこの宗教都市に参拝に来た人達が宿泊する際の専用の宿泊場なのだろう。この宿泊場の大きさが、各地域の層の厚さをそのまま体現しているのだろうか。
アーケードを端まで抜けると、いくつかの露店が出ていた。
だが、地域のお祭りに集まるような露店とは異なり、焼き鳥や焼きそばやカステラなど、種類が被らないことを予め計画されたように、それぞれ1店舗ずつ出店していた。
母が今日僕を連れてきたかった場所というのは駅を降りるときには薄々分かっていたが、特に母から説明があるわけでもなく、そのまま母に連れられて敷地の中に入っていく。
本殿なので、もっと人でごった返しているかと思ったが、それほど人は多くなかった。母と僕が訪れたのが、夕方だったからかもしれない。
入り口から本堂までだだっ広い敷地を歩いていく。
続く