入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

五色ヶ原

長期滞在者

贅沢な想いかもしれないが、年に一度は、空気の薄さを感じる標高の山に登りたい。

昨年は北岳に登ったが、運良く今年も仲間に誘われて、そんな山に行けることになった。

今年目指す立山は、20年近く前に中学生の頃の登山合宿で一度登ったことがあった。

その時は神戸から富山までどうやって移動したのだろう。バスだったのか。

まだ恐怖心もあまり芽生えてなかったからか、当時は標高が高いところでも怖さを感じずに登った。

だが、想像以上にその行程はハードだった記憶があり、同級生150人ほどが全員無事にトラブル無く登り切ったことが今となっては奇跡のように感じる。当時家に登山シューズは無かったし、どんな装備で登ったのだろう。

昨年北岳に登った際に、装備不足のせいでテントの中で寒さにやられ、夜まともに眠れなかったので今回はシェラフを新調した。

「モンベルの3番の寝袋を買えば、冬以外はどんな山でも大丈夫」というのが最新の登山界隈の通例と聞き、迷いもせずにモンベルの3番を購入した。

今後の人生で冬山に登る機会は無いと思うので、この3番のシェラフで今後一生分の登山を賄えるかもしれない。

また、これまでは必需品とは思っていなかったが、シェラフの下に敷くマットも今回は持参した。

金曜の夜中に都内を出発して早朝に扇沢の駐車場に着く。その手前で、日の出の時間に立ち寄ったコンビニには、これから登山に向かうような格好の人が多くいた。

扇沢からはバスに乗って黒部ダムへ行き、そこからロープウェイに乗り、その後またバスに乗り、ようやく登山口である室堂に着く。

システマティックに登山口まで到着できる。その先の登山道も整備が行き届いていた。こうした至れり尽くせりな環境に欧州風の観光の要素を感じた。欧州に降り立ったことは無いけれど。

その日は9月17日で、台風が関東に到来する2日前だったが、天気はすこぶるよかった。

こんなに気持ちのいい景色と空気を味わえて、下界に戻ったらバチが当たらないかと思いながら、登った。

爽快な気分で歩いているうちに、寝不足も解消され、日頃の些末なことも忘れて歩く。

テキトーな構図でスマホで撮影しても、何でも写真が映える。

(一緒に登っていた仲間の構図を真似て撮ってみたが、卵と山とどちらにピントを合わせるのが正解なのだろう)

いくつかの山頂を経て、五色ヶ原のテント場には15時頃着いた。

みなで山荘で缶ビールを買って乾杯する。

その後、私は少しばかりの仮眠をとって、この日のために新調したバーナーでお湯を温め、晩飯を作り食べていると、夕暮れの時間になった。何枚かパシャリと写真を撮り、19時になる前にはテントで寝た。

様々な色のテントが並んでいる景色がとても好きで、ほんの半日間だが同じテント場にいると、ある意味運命共同体と思えてくる。

マットを敷いて寝ると本当に家で寝ているのと変わらないほど爆睡出来た。

10時間くらい寝たのだろうか、朝5時頃に起きて、日の出を拝んで、五色ヶ原から下山する。

肉体の回復には十分過ぎるほど寝たおかげか、前日よりも足取りが軽い。まるでハイジの世界のような道を歩きながら、黒部湖まで降りていく。

途中、滑り台があればいいのにと思うほど、蛇行した道が続き、なかなか標高を下げることが出来ない。

徐々にみな無口になり、それぞれ思い思いに下っていく。

と、途中で平乃小屋という小屋があった。

せっかくなので小屋で炭酸のジュースでもと思ったが、結局はまだ道半ばなのに缶ビールを飲んた。

陽気という言葉よりも、テンションが異様に高いと言った方が適切な様子の小屋のオーナーと話す。

コップの中に入っている液体が何か尋ねると、「茶メリカーノ」と返答があった。

お茶と焼酎を割っている物を飲んでいるらしい。

コーヒーを飲むときもブランデーが欠かせないと言い(一番安いVOを混ぜるのがベストとのこと)、嘘か誠か、街で喫茶店に行くときも先にメニューでブランデー割があるか確かめて、無ければ中に入らないとのこと。

オーナーの話が面白く、また小屋の宿泊客もオーナーを慕って小屋に泊まりに来ていることが伝わってくる。なんでも、かつては立山でオリンピックのスキー選手をアテンドしたほど登山&釣り業界ではレジェンドのようだ。

この先の道のりを聞くと、この小屋から湖まで降りていく序盤の道は気をつけた方がよく、数年に一度か死人も出るとのこと。オーナーは死体回収にも何度も立ち会ったことがあり、遺体の顔を見るとその人の年齢をピタリと当てられるという話を聞く。変に足を踏ん張るよりも軽やかに降りる方が危なくない=千鳥足で降りるのがベストという謎の忠告を受ける。

ちなみに、崖に落ちて湖で死んでしまうケースというのは、崖から落ちる途中で意識がなくなり、そのまま湖に落ち、ザックが身体に結んだ状態のまま、ザックが水面に浮き身体は水面の下に潜ってしまうからだという。

小屋で想像以上の時間を費やしてしまったが、引き続き道を歩いていく。

たしかに湖まで続く崖に沿って歩く道もあった。さほど恐怖は感じなかったが、オーナーから聞いた話が頭に残っているので慎重に歩く。

途中登山コースを外れて黒部湖で少しだけ泳いだ。想像以上に水温は低く、3分ほどが限界だった。
泳いでいると遊覧船が来たので、まずいと慌てて服を着た。

そこから5時間ほど歩き、最終地点の黒部ダムまで着く。黒部ダムの食堂では、プロジェクトXがずっと流れていた。

普段とは異なる身体の感覚や筋肉を使っていると、下界と少し距離を置いて考えられる。下山して温泉に入り中央道で都心に帰っていると、徐々に下界の日々の生活に戻っていく感覚に陥るが、どことなく生活の足元が少し軽くなっているように感じる。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る