AIに関するニュースが騒がしく、近い内に人間の手に負えなくなることが叫ばれている。

AIがAIを指導して学習を続け、人間は置いてけぼりになる。もはや人間は先生でも無い。
開発を進めるべき派の人たちは、AIが暴走を阻止するAIを開発すればよいと考えていた。
どれも鶏と卵で、危険そうにも思えるし、大丈夫そうにも思えるし、でもちょうどスーパーファミコンからプレーステーションまでゲームが普及する世代に育った身からしたら、バグがあることに慣れているので、絶対大丈夫ということは無くバグはあって、その綻びが大きな結果に繋がる(ってしまう)んだろうなと思う。
国連総会でブータンの国王がAI開発の誘致を呼びかけ、ブータンでは自然環境だけでなく、仏教の環境で瞑想も身近であるので、技術者も過ごしやすい環境であることをアピールしていた。
AIの命運を握っているのは、今のところサンフランシスコのいくつかの会社に勤めている中の500人〜1000人くらいの技術者で、彼らは彼らで、社内の人間関係によってかはたまたより高い給料を目指してか、その界隈の中を行ったり来たりしてる。きっと1人1人とても優しく、自国だけでなく他国への理解もあり、他者理解にも寛容な人たちなんだろう。
競争に遅れたら価値がゼロになる社会なので、彼らが開発を進めようとすることは悪く無いだろうが、もしわずかな綻びで、バグが起きて、システムが止まり、人命が無くなるようなことがあれば、その家族は誰を怨めばいいのだろう。
