幼少期から高校まで暮らした家がJRと私鉄の駅の中間にあり、いつも気分によって使う駅を分けていた。
日によっていつも異なる道を歩いていたからか、今でも仕事終わりや外出した際には寄り道をしたくなる。

夜の参道は異世界に入り込んでしまったような感覚になる。
境内は駅に向かう人と駅から家に向かう人の通り道になっていた。
数年前にメディアを騒がした事件の当事者の家が近くにあり、今も格子で覆われた家からはライトが漏れていた。
近くの大きな公園では夜にも関わらず消防士たちが大きな声を挙げて放水訓練を行っていた。

日曜日の昼下がり、団地の裏では壁に向かってラケットを振るスポーツマン達がいた。
西武新宿線沿いには中央線とも東横線とも丸ノ内線とも違う時間が流れていた。

小さい時にはクスリが売り買いされてると噂されていた地元の高架下が閉鎖されることになり、その最期を見届けるイベントが行われていた。イベント中にフィナーレと呼べる瞬間が何度も訪れていた。

摩耶山の麓を歩いていると、とても開けた空間に出くわした。かつては演劇やフォークコンサートなど色んな催しが行われていたのだろうか。なんとなくいつまでも残って欲しい空間だった。

閉館前に最後に立ち寄ることができた。千里という地に降り立ったことも少なく、まして一度も宿泊したことないのに最後の日だけ名残り惜しそうに訪問するのは憚れる思いもしたが、昭和が1つずつ終わっていく様を見た。

朝のコーヒータイムが1日のピークになってもそれはそれでいいと思う。
