長期滞在者
「さようなら」が言えない。 言葉には現実を引き寄せる力があるから。 「さようなら」を言ってしまえば、それでおしまいな気がして。 「さようなら」を言ってしまえば、二度と会えなくなる気がして。 私は「さようなら」を言うのが、とても怖い。 「最後の言葉」をずっと考えていた。 B3リーグ、東京海上日動ビッグブルーのホームゲームでのMCをもう10年以上務めてきた。 今シーズンで東京海上日動ビッグブルーがB3…
長期滞在者
先日、ある展覧会場の受付で、展示を観終わったと思われるお客様が、職員の方に向かって、目当ての作品が展示していなくて面白くなかった、というような感想を残して会場を後にするところを見かけました。 その後に会場に入った僕は、時間さえ許せばもう少し長くゆっくりとこの会場に居たかったと思わせる素晴らしい展覧会でした。足を運んだ展示で去りがたいと感じさせるものは、一年の中でそんなにはありません。 その展覧会は…
長期滞在者
小さな頃は音楽というものが大嫌いだった。この嫌悪感のみなもとは、小学校の音楽の時間に習ったリコーダーとピアニカにさかのぼる。楽譜の読み方もよくわからないし、指を動かして望むメロディを作りだしていくこともできない。それなのに授業はどんどん先に進んでいき、わたしはますます落ちこぼれていく。吹き口についた歯型の傷のザラザラした感触や、どうしても取れない生臭い唾液が人工的なプラスチックにまざった匂い。うす…
長期滞在者
一人暮らしをしていた頃、インフルエンザにかかったことがあった。コンビニで大量の食糧を買い込んだので、薬を貰ったあとは特に困ることもなかった。ただ、一人でなんとかしてしまえるということは、それはそれで孤独なのかもしれないとも思った。 もちろん、誰かと暮らしているからといって、全く孤独ではないということではないのだけれど。 温かい雨が降るようになり、少しずつ物事の流れが変わっていくのを感じる。絹江ちゃ…
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先月2月4日、経済学者で補完通貨専門家(本人はMonetary architectという呼び方を好んでいた)である ベルナール・リエター氏(日本ではベルナルドと表記することが多いらしい)の訃報が届いた。 ぼくが約8年前に東日本大震災被災地を訪れた後に、 地域通貨についての話を聞きたくて、 彼のブリュッセルのマンションを訪れて以降、 何度か会ってお金についての個人講義をしていただき、 さらには彼の著…
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先週、5日ほどUAEに出張していた。 海外に行くのは学生時代から好きだったが、物価が高く、ここでの一泊分はインドや東南アジアでの何泊分になるだろうと考えると、UAEはなかなか足が伸びない国であった。 今回は、企業進出支援を行う国の機関の主催のもと、現地市場の視察、現地政府・企業との商談、またそれだけでなく現地の文化に触れる観光施設の見学もコンテンツに含まれていた。 ドバイ、アブダビといった大都市圏…
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〈下図版:2018年11月、パリ・フォトにて「MASAHISA FUKASE」を掲げて〉 先週末、突然の訃報を受け取った。 それは月曜の朝だった。アムステルダムはここのところ春にだいぶ近づいた天候で、ぽかぽかと穏やかだ。さあ、新しい1週間が始まるぞとデスクに腰を掛けてメールアプリを起動させると、タイミング良く新しいメールを着信した。件名は「Xavier」。すぐさま中身を開くと、単刀直入の本文が知ら…
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藤田莉江との写真の二人展『Strangely beautiful』(ギャラリー・ライムライト/大阪)、おかげさまで盛況、たくさんの方にご来場いただきました。 ありがとうございます。 この奇妙なタイトルは、相方の藤田がちょっと理屈っぽい(笑)そして長いタイトルを考えてきたので、もうちょっとまとめられないか、と僕が無理やり最大公約数的な言葉に置き換えたのです。 藤田は「だからといって、そうとはかぎらな…
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新しいバンドに出会えた時はわくわくする。 メンバーはどんな音楽が好きなんだろう? この楽曲にはどんな思いを込めたのだろう? レコーディングの時にはどんなことがあったのだろう? インタビューをしていて、音楽の話で盛り上がれることが1番楽しい。 それぞれの音楽への思いが交差した時に高まる気持ち。 その時に、彼らから溢れ出す言葉を、私は一人でも多くの人に届けたい。 ミュージシャンとのコミュニケーションで…
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2月に入ると、各所で学校の卒業制作展や、ワークショップの修了展が数多くひらかれます。限られたスペースの中に、時間をかけて取り組んできたものの一端を示そうと、撮影やプリントばかりでなく、写真の並べ方や、額装なども慎重に検討して、まとめあげていきます。年末からこの時期にかけていろいろ相談に乗っていますと、自分の写真の選び方に苦労されている方が多いのです。先週飾る写真を選んで、本プリントに入ると打ち合わ…
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人生は一度きりだけど、本を読んでいるときには、読んだ物語の数だけ、別な誰かの人生を生きているような錯覚を抱く。時間も空間も飛びこえて、ときにはヒトという種の縛りさえ飛びこえて (イヌやタコが主人公の物語だってあるのだ)。本を開いて最初の一文を読んだ一瞬の後、わたしの意識は、梅雨の街並みの見える車窓から、暗い雪国の静かな朝に飛んでいたり、眠りつけない深夜の部屋から、いつまでたっても出ていけないカリブ…
長期滞在者
今月は3週間程、出張で家を空けていた。 私は生まれてこのかた一度もホームシックにかかったことがない人間なのだけれど、一人暮らしだったらこんなにも帰宅を楽しく思えなかったなかっただろうと思う。 出張の合間、パリまで列車で出かけた。アパートメントの管理人、かおりさんに会いに。 私達はなんて世界に住んでいるのだろう、と言い合える人がいるだけで、心の澱が消えていくような気がする。 そして、私達はどんな世界…