おめでとう、酉年。
年末には一年のもろもろを振り返り、年始にはちょっとした夢というか希望を持ってみて、新たな一歩を踏み出したくなる。これまで、そして、これからの一年を見つめれば、つい自分の「仕事」や「はたらき方」を考え、いつかはやってくる瞬間に備えて、どのように身支度を整えようか、とあれこれ思考を巡らせてみたりもする。
そんな仕事やはたらき方について話をするとき、ここ最近では「渡り鳥のように」というフレーズを耳にするようになった。どういうことだろう。
例えば、渡り鳥として数えられるツバメは、夏を日本で過ごし、繁殖期が終わると再び冬を越すため、台湾やフィリピンなどの南の国へと渡っていく。それらをヒントに考えると、渡り鳥の習性をなぞらい、「旅をするように」「地域と地域を動き回りながら」はたらける仕事をつくりたい、という思考性の人が増えたということなのだろう。
そういえば、あまり知られていないのだけど、”渡り鳥のような河童”もいる。
春は川にいて、秋になると山へ移り住むのが「ヒョウズンボ」という河童である。しかも、移動するときには空を飛び、鳥のような声を出すという。宮崎県東臼杵郡西郷村(現・美里町)では、グワッグワと鳴きながら、川と山を行き来する姿があったそうだ。
ちなみに、九州地方では、「山童(やまわろ)」という妖怪の伝承も色濃く残っていたりする。話はこうだ。「河童が山に入ると、山童になる」と。
ヒョウズンボの話と接続してみると、川にいた「河童」は、秋になると「ヒョウズンボ」となって空を飛行し、山へと移動して「山童」となる。春になると、その逆の順路で、かたちを変えながら、川へと戻っていく。
名前や姿かたち、そして習性が違えど、この3匹?が同一妖怪であるとして、現代っぽいの言葉に置き換えたならば、河童は「パラレルキャリア」な妖怪なのかもしれない。シーズン毎に、場所を変えて、役割を変えるのもどことなくうらやましい気もする(夏は軽井沢に、冬にはハワイ、みたいな感覚で)。
本屋をやりながら広告つくっている人がいれば、普段はデザイナーだけど時期がきたら焼き芋屋みたいな人もいるし、よくよく考えてみれば、歌って演技して文章も書く星野源も、そういうパラレルキャリアなわけで、あっちとこっちを行き来している人と言えるだろう。
そういったあんばいで、「渡り鳥のように」という表現もいいけど、「ヒョウズンボのように」はたらき・仕事をつくる、というのは、通信環境・交通が整って、動くときの選択肢が広がった現代にはわりかし合うんじゃないかって。
河童三变化ではないけど、一つの顔ではなく、場所なのか時期を変えて、別人のような顔を持てるというのは、人間のゆたかさにつながるのではないかとも思うのだ。
そんな“ヒョウズンボのような人”がちょっとでも増える年になりますよう。そして、今年も『暮しと妖怪の手帖』をよろしくお願いします。
*妖怪を考え、社会を考え、人と暮しを考え、現代における“妖怪と人の共存”のあり方を模索しながら、勝手気侭な独自の研究を進めていくのが、超プライベート空想冊子『暮しと妖怪の手帖』です。