長期滞在者
先日、母がブラジルへ一時帰国した。一週間ほどの滞在中に教員採用試験を受け、母方の祖父の見舞いを兼ねた帰国だった。この秋(ブラジルでは春のことになるが)、祖父が大腸がんを患っていることがわかった。ここ数年、あまり体調が良くなかった祖父だけれど、健康診断などでは特に異常はなく、心配しつつもおじいちゃんなら大丈夫だろうという、根拠のない確信を持っていた。だけど、祖父の病を期に、その確信がぐらりと傾いて…
長期滞在者
ちいさなころからずっと 身体と意識の焦点をはずすと見えてくる世界に夢中になっている その瞬間は 耳のなかに身体が吸い込まれていくような感覚から始まって 自分の中の音だけが鼓膜を震わせながら 世界を出たり入ったりしている 絶えず世界はまわる すぐにはそれがわからないくらい緩慢に そして突然高速で 光が ものが 熱が 私が 世の中のものの全てが 一瞬に溶け込み 混ざりあって 姿を変え 形を変える …
虫の譜
昨年の夏にさよさんが軽井沢から連れ帰って譲り受けたコクワガタが死んだ。 死んだというより、死なせたのだ。ふと嫌な予感がして虫かごのふたをむしり取るように開けてみると、もうおよそ命の気配が無いほどに全てがカラカラに乾ききっていた。枯れ葉も、底に敷いていた椰子殻のチップも、乾きすぎてふわりと浮きあがっているようにすら思えたし、穴のあいた切り株にセットしたマンゴーのゼリーは表面がひび割れていた。チップの…
呼吸
適当に見てください。 そのくらいが調度いいかと思います。 考えることが癖になると、疲れるんですよ。 だから時々、ぼーっとしたくなるわけですよ。 何も考えず、何を求めるわけでもなく。 ただその場に身を置いて、「居ること」を味わいたくなるわけですよ。 僕が意図的に撮らないものは、だいたいそんな”様子”になる。 今回の動画そのものだと、そう解釈しています。 いつも形になるまで、僕…
長期滞在者
とくに昆虫好きというわけではないのだが、カマドウマ、マイマイカブリにつづいて、今回も昆虫に登場してもらう。 上の写真は、僕の暗室の壁に架かっている巨大なナナフシの標本である。エスニック雑貨店で買ったもので、あまりの神々しさと不気味さに最初は購入の決心にいたらず、しかしその後数ヶ月煩悶して、やっぱりどうしても欲しくなって買った。写真ではわからないだろうが実は体長30cm近くあって、その巨人ぶりもまた…
長期滞在者
甘くみてたわ、完全に。 最初にヴァネッサ・パラディを聴いたときの第一声である。 音楽院のはなし、ではありません。 専門外の、私にとってなくてはならない存在である、クラシック以外の音楽のはなし。 女優としてのヴァネッサ・パラディは好きではなかった。 パトリス・ルコントの「橋の上の娘」があまりいい印象を残さなかったせいか、他の作品を観ても「これは」というものには当たらなかった(ルコントの映画は好きなの…
長期滞在者
引っ越しをした、という話の続き。 大量の本の移動の際に、昔読んでいた本に再会しました。これまでも転居を繰り返して来たけれど、その度に古いアルバムに見入ってしまったり、昔夢中になってた何かに再会して、荷物の整理作業がその度中断します。皆さんもそういう経験ありますよね。 20年以上前に良く読んでいた二冊の本が出てきました。宮脇俊三の「最長片道切符の旅」野田知祐の「日本の川を旅する」。懐かしくなって、最…
風景のある図鑑
「 ビュフォンの針の問題:Buffon’s needle problem 」 平面の上に10cmの間隔で何本かの平行線を引きます。 その上から、間隔の半分の長さ、5cmの針を落とします。 落とした針が線に触れるか、触れないのか。 その針が線に触れる確率は1/πになります。 πはご存知の通りの円周率、直径を1とした時の円周の長さです。 針を投げた時に線に触れるかどうかという、円と何の関係…
長期滞在者
みなさんこにゃにゃちは。前回ちょっと長くなりすぎたので今回は反省を込めてちゃんと短くスッキリまとめて書こうかと思ったりしています。なので、本来ここで書こうと思っていた、イワン・イリイチとミッシェル・フーコーと高山宏の言語観と貨幣観をつなげて並べて現代にその問題点がどのように引き継がれていて、どんなふうに顕在化しているのか、またその問題は芸術の分野にも明らかに反映されているのですよ、というようなこと…
長期滞在者
≪眠れない夜、地上をやさしく照らしている月を思う。月が照らしている家の一軒にベットが2台並んでいる。2人の子。1人はすやすや寝ているが、傍らの1人は今にも泣きだしそうだ。何かにおびえ、じっと天井の一点を見つめている。彼女は何を見ているのだろう。≫ 私は小学生になっても、自分で部屋の灯りを消してから眠る、ということができなかった。私が布団に入ってから小一時間が経ち、もう寝ただろう頃を見計らい、母が…
虫の譜
それまでちっとも聞こえていなかった音なのに、ひとたび耳が憶えると騒がしい雑踏の中からでもそれを聞き分けられるようになる、ということがある。カネタタキの鳴き声というのはまさにそういった類の音だ。そこここの街路樹や植え込みで彼らは一生懸命に鳴いているのだけれど、知らずにいると控えめなその音は意外に意識にまで届かない。 けれども、いったん彼らの声を捉えられるようになれば、人生における真夏の夕暮れ時の楽し…
長期滞在者
… ないてもないても まだいたむ ふいてもふいても ちがにじむ ひとりできった くすりゆび こばやしのぞみ 8さい (当時の日記より) … 子供の頃の私はひどく臆病だった。 「のぞみちゃんはおもしろいね」って言われるとほっとしていた。 いつも あとひとことを あとひとときを 急いでくしゃくしゃに固く固く丸めて そのちいさな塊を飲み込んでは 乱雑に見えない場所へと追いやって うずたかく積み上げてい…