虫の譜
(上)シバスズ Polionemobius mikado (下)マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus マダラスズは体長6、7ミリの小さなコオロギで、鳴き声さえ知っていれば都市部でもいたるところにいるのが分かる。6月になってかれらが鳴き始めると、今年も虫たちの季節がやって来た!と盛り上がった気分になる。その鳴き声は柔らかく繊細で、それでいて「この小さな体からよくも」と思わ…
虫の譜
子どもの頃のカブトムシ・クワガタ捕りは、灯火にやってきたものを捕るのであったり、父と見つけた毎年複数匹のコクワガタが棲む木にピンポイントでじっくりと目を凝らすというのが主だった。それらはある程度「そこにいる」ことが分かっている確率の高い方法である反面、いなければもうその日はどうにもならなかった。だから胸の高鳴りは車が目的地に着くまでにどんどん盛り上がって、ポイントの木を見始めるときに最高潮を迎え、…
虫の譜
小学3、4年のある晩のこと、得意げな笑みを匂わせた父が大きな段ボール箱を抱えて会社から帰ってきた。箱を開けて、私は分厚い眼鏡をずり落として文字通り狂喜乱舞した。中身はナントカ流の生花のように大胆に放り込まれた木の枝葉と、ガサゴソ歩き回るいっぱいのカブトムシとクワガタ。三重の山中に工場を構える取引先があり、その会社の社長さんからのプレゼントだった。夜になると、工場の灯火めがけてカブトムシやクワガタが…
虫の譜
夏、妻の実家の岡山に帰省すると、一日は鳥取の丈母の実家にまで足をのばす。途中、岡山県北の鏡野にある郷土料理の店に立ち寄るのが恒例になっている。風の通る座敷に座って、山里の風景を眺めながら昼食をとる。囲炉裏で焼かれた串刺しの山女、山菜の炊き合わせにカリリとした天ぷら、紅白のなます、そして発酵が進んで強烈に舌を縮ませる漬け物とごはん。三年間、変わることがない。 昨夏、ちょっとした事件があった。食事を終…
虫の譜
ハンミョウの造形は突き抜けている。 タマムシ以上ではないかという極彩色に、細くともバネの効いていそうな脛の長い脚、ギョロリと飛び出した人相の悪い目。そして何よりグッとくるのが、三日月形にカーブした大きなキバだ。これは肉食昆虫の口に取り付けるにはあまりにも「ベタ」で、もし「空想で獰猛な虫描いてみろ」と言われてこれを出せば、創造力が無いと思われても仕方ないレベルだ。こんなB級パニック映画的なキバ無いよ…
虫の譜
ヒシバッタは、その名の通り上から見るとひし形をしたせいぜい1センチほどの小さなバッタだ。たいてい地面にいる。バッタと言うと草の上にいて緑色で細長いのがスタンダードだから、知らなければ彼らを見かけてもバッタだと気がつかないかもしれない。ひとたび存在を認識すれば、そこここで目にする普通種だ。 かれらの面白さはバリエーション豊富な背中の模様にある。色も柄もさまざまで、個体差の大きい昆虫の例としてよく取り…
虫の譜
JR東海「うまし うるわし 奈良」キャンペーンに當麻寺(たいまでら)が特集されていた。電車の中吊り広告を見て、すぐに写真を撮って興奮気味に父にメールした。そこは20年前、父に何度も連れて行ってもらったところで、小学生の私にとってはその名を聞いただけで駆け出したくなるほど心が沸き立つ魅惑の地だった。寺の近くのとある施設の傍にある、アオミドロがたんまりと繁った何の変哲もない小さなコンクリートの側溝が、…
虫の譜
私が小学生の頃、つまり今から20年ほど前には、大阪市のはずれの平野区にはあちこちに空き地があった。「道路予定地」とか「建設予定地」といった看板が貼り付けられた、子どもの背丈ぐらいの緑色のフェンスで囲まれた草ぼうぼうの原っぱだ。そこで虫捕りをするのが、夏の夕暮れのお決まりの過ごし方だった。 似たような空き地でも、そこに見られる生き物の「相」はそれぞれに異なっていた。ここはオンブバッタばっかり、ここに…
虫の譜
2011年の夏に出くわしたカリウドバチの狩り。写真を見返すと狩人はヒメベッコウの一種、獲物はオニグモの一種らしい。 カリウドバチ(狩人蜂)と呼ばれる一部のハチは、他の虫を狩ってそこに卵を産み付ける。彼ら(彼女ら)の狩りは、生かさず、殺さず。いずれ生まれてくる幼虫の食糧になる獲物の鮮度を損ねてはならないと、毒針の一撃で仮死状態にして生かしたまま巣穴に引きずりこむ。生きながらにしてじわじわ食われる哀れ…
虫の譜
昨年の夏にさよさんが軽井沢から連れ帰って譲り受けたコクワガタが死んだ。 死んだというより、死なせたのだ。ふと嫌な予感がして虫かごのふたをむしり取るように開けてみると、もうおよそ命の気配が無いほどに全てがカラカラに乾ききっていた。枯れ葉も、底に敷いていた椰子殻のチップも、乾きすぎてふわりと浮きあがっているようにすら思えたし、穴のあいた切り株にセットしたマンゴーのゼリーは表面がひび割れていた。チップの…
虫の譜
それまでちっとも聞こえていなかった音なのに、ひとたび耳が憶えると騒がしい雑踏の中からでもそれを聞き分けられるようになる、ということがある。カネタタキの鳴き声というのはまさにそういった類の音だ。そこここの街路樹や植え込みで彼らは一生懸命に鳴いているのだけれど、知らずにいると控えめなその音は意外に意識にまで届かない。 けれども、いったん彼らの声を捉えられるようになれば、人生における真夏の夕暮れ時の楽し…
虫の譜
例えば見ている映画に「マフィアのボス」が登場したとき、それが見るからに荒くれた悪そうな奴であるよりも、知的で品のいい小柄な紳士である方が、得体の知れない凄みを感じる。同じように小説の中の残虐な犯罪者は、それが愛想のいい隣近所のご主人であったり勤め先の楚々とした美女である方が、よりいっそうの不気味さを煽る。 ウマオイにはそういう「ギャップの凄みや不気味さ」がある。草食のものが圧倒的に多いバッタ型の昆…