(上)シバスズ Polionemobius mikado
(下)マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus
マダラスズは体長6、7ミリの小さなコオロギで、鳴き声さえ知っていれば都市部でもいたるところにいるのが分かる。6月になってかれらが鳴き始めると、今年も虫たちの季節がやって来た!と盛り上がった気分になる。その鳴き声は柔らかく繊細で、それでいて「この小さな体からよくも」と思わされるほどしっかりとした声量もあって、とても心地好い。よく似た仲間のシバスズとは一息の長さで聞き分けることができる。
小学生のころ、近所に4、5センチぐらいの粗めの砂利を敷き詰めたモータープール(駐車場)があって、そこにマダラスズがいた。季節になると、夕飯のあとビニール袋と懐中電灯を持ってよく捕りに行った。
駐車場に入ると、あちこちからまばらに聞こえてくる鳴き声の一つに目星をつけて近づいていく。声が近くになるにつれ、足音はザクザク、からザリ…ザリ…へと慎重になるのだけれど、それでもマダラスズは敏感にピタリと鳴き止む。そのまま息を殺して身じろぎ一つせずに再び鳴き始めるのを待っていると、背中や首すじにじんわりと汗が浮いてくる。しばらくすると軽い咳ばらいのような掠れた音とともに鳴き声が再開するので、よりいっそう足音を殺しながら近づいていく。
もう鳴き声がすぐ足下だ!というところまで近づくと、今度は辺りの石ころを大きめのものからそっと持ち上げて姿を探す。石ころを除けた後のくぼみに、鳴く虫らしく美しくしわの寄った黒い翅と、色気に満ちたまだら模様の太ももが見えると、宝物を前にしたかのように一気に緊張が増す。たいていの場合、かれらは石が持ち上げられても鳴き止むだけですぐには逃げない。そのままそのまま…と念じながら、背後にビニール袋の口を開いて構え、マダラスズの目の前にサッと手をかざす。驚いたマダラスズはくるりと振り向いて弾けるように跳ね、ビニール袋の中に飛び込んで一件落着、となる。
これは思い返しても息苦しくなるような、集中力と根気とボディバランス(足音を殺して歩いたり立ったりしゃがんだり、今はもうできないかもしれない)を要する捕り方だった。後になって、こんなに苦労しなくても一歩ごとに草むらからマダラスズやシバスズが飛び出してくる空地を見つけて「希少価値」は暴落したけれど、カツオの一本釣りよろしく、捕り方も価値を生む。駐車場で脂汗を流して捕ったマダラスズは、私にとっては特別なものだった。
数年前の秋、埼玉の飯能へ曼珠沙華を見に行ったとき、原っぱで何匹かマダラスズを捕まえて持ち帰った。かれらのまるく心地好い音色が部屋にじんわりと沁みわたるのを十数年ぶりに味わって、あのモータープールの砂利の感触を思い出した。