例えば見ている映画に「マフィアのボス」が登場したとき、それが見るからに荒くれた悪そうな奴であるよりも、知的で品のいい小柄な紳士である方が、得体の知れない凄みを感じる。同じように小説の中の残虐な犯罪者は、それが愛想のいい隣近所のご主人であったり勤め先の楚々とした美女である方が、よりいっそうの不気味さを煽る。
ウマオイにはそういう「ギャップの凄みや不気味さ」がある。草食のものが圧倒的に多いバッタ型の昆虫(主に緑色で、草むらに棲んでいて、後脚がバネのようでピョンと飛び跳ねることができる)にあって、キリギリス、ヤブキリ、ウマオイといった一部の面々は肉食をする。その中でも最も華奢で小柄で透明感の美しいウマオイが、最も獰猛に他の昆虫を襲う食性を備えている。鋭い棘の生えた細い脚で獲物にしがみつき、笑っているようにも見える表情の動かない顔でバリバリと噛み砕く姿は猟奇的ですらある。
また、ウマオイの鳴き声を聞いていると「昆虫」という種族と我々との間の隔たりを感じずにいられない。彼らの鳴き声はよく「スイッチョン」という文字で表現されるけど、実際に聞いてみるとそんな愛嬌のあるリズムではなく、ただ金属的な硬い振動が空気をつたってダイレクトに鼓膜を打つという、無機質で剥き出しの「音」そのものだ。「スイッチョン」ではなく「ツィーン」とか「プワーィン」と聞こえ、それぞれ頭の「ツ」や「プ」でバチンと鼓膜を叩くような振動を感じる。機械のように感情のない、冷徹な音なのだ。
15年ほど前の夜、クワガタ採りのポイントの一つだったとある倉庫脇の木を父と訪れた時に、生まれて初めてウマオイを見つけて捕まえた。自室の窓際に吊るした虫カゴで飼うことにしたのはいいが、夜になって鳴き始めると耳がビリビリ言ってとても寝られない。それでも美しい肢体でムシャムシャと蝶やバッタを食べる姿にすっかり魅せられて、彼が死ぬまでカゴに閉じこめて自分のものにし続けた。