当番ノート 第12期
BRONICAという真四角の写真が撮れるフィルムカメラで 父は 母と幼き頃の私を写していた。 古いアルバムには このカメラで写されたモノクロ写真が何枚も貼られている。 しばらくして父はこのカメラを写真好きの叔父へ譲り 何十年という時を経た。 七年前、父が亡くなった。 一周忌の時だったろうか、たまたまその叔父にフィルム写真を撮っていることを話すと 何十年も使っていないので写るかはわからないけれど、父…
当番ノート 第12期
窓から差し込む光に紅が混じっていることに気が付いたのは、 二人の着席している机に、それが反射していたからです。 静かに次のノックの音を待っていたみみこちゃんは プイと顔を背けたままのねこたくんの横顔について、 気が付いたことがあるのですが、声に出そうかと躊躇っている内に扉が大きく鳴きました。 ドンドン 「よ」 軽く片手を上げて挨拶をする彼の姿は絡み合った糸を瞬時に解すように朗らかで、 みみこちゃん…
当番ノート 第12期
禁煙して15日目、禁断症状は無くなって来たものの、まだまだ油断は禁物である。 酒を呑むと、途端に禁を犯して喫煙するのは目に見えており、 並行して禁酒に励んでいる。 天気の良い休日であったので、たまには散歩に出ようと俺は考えた。 とりあえず両替町通りを北に進むと玄南通りにぶつかる。 玄南通りを右に曲がってすぐの右手にあらわれたのがラーメン屋N川である。 ツアーミュージシャンにオススメのラーメン屋を聞…
長期滞在者
先日、母がブラジルへ一時帰国した。一週間ほどの滞在中に教員採用試験を受け、母方の祖父の見舞いを兼ねた帰国だった。この秋(ブラジルでは春のことになるが)、祖父が大腸がんを患っていることがわかった。ここ数年、あまり体調が良くなかった祖父だけれど、健康診断などでは特に異常はなく、心配しつつもおじいちゃんなら大丈夫だろうという、根拠のない確信を持っていた。だけど、祖父の病を期に、その確信がぐらりと傾いて…
当番ノート 第12期
今朝まで瀬戸内海に浮かぶある小さな島にいた。 たくさんの星空、海に沈む濃厚な夕陽、美味しいご飯。 そして、一番強く感じられたのは「ひと」と「ひと」との繋がりであった。 地元では出来ないようなことをたくさん経験した。 一気にこの島が大好きになった。 しかし、島には若いひとがあまりいない。 いま数少ない若いひとで島を何とかしようと奮闘している。 これまでの人生経験で知り得なかったことを見聞き、この縁を…
当番ノート 第12期
声でこころが震えることがあります。 誰にでも好きな音楽があると思います。 ぼくも音楽が好きです。いろんな音楽が好きです。 うたはことばになっていて、ことばは意味を持っていて、 それがとてもいい塩梅に旋律に絡んでいくことで、 こころがぐっとせかいと同化させられるようなくらい、 すばらしいものになることもしばしばあります。 そのなかで、声、だけで、すべてを語り尽くしてしまったような、 そんな音楽に出会…
当番ノート 第12期
自分と紙と道具 基本の三角関係 目の前にある紙と話します。 道具たちが、紙とどのように話しているのか、聞きます。 ちゃんと声を聞くことが大事なのです。忘れてはいけません。 どうしたいですかー どうなりたいですかー 三角のスタートはいつも自分から。 紙から始まることも、道具から始まることもない。
長期滞在者
ちいさなころからずっと 身体と意識の焦点をはずすと見えてくる世界に夢中になっている その瞬間は 耳のなかに身体が吸い込まれていくような感覚から始まって 自分の中の音だけが鼓膜を震わせながら 世界を出たり入ったりしている 絶えず世界はまわる すぐにはそれがわからないくらい緩慢に そして突然高速で 光が ものが 熱が 私が 世の中のものの全てが 一瞬に溶け込み 混ざりあって 姿を変え 形を変える …
虫の譜
昨年の夏にさよさんが軽井沢から連れ帰って譲り受けたコクワガタが死んだ。 死んだというより、死なせたのだ。ふと嫌な予感がして虫かごのふたをむしり取るように開けてみると、もうおよそ命の気配が無いほどに全てがカラカラに乾ききっていた。枯れ葉も、底に敷いていた椰子殻のチップも、乾きすぎてふわりと浮きあがっているようにすら思えたし、穴のあいた切り株にセットしたマンゴーのゼリーは表面がひび割れていた。チップの…
当番ノート 第12期
「存在を証明するための揺るぎない証拠たち」 2013年5月 個展「標本」で作成した写真集「標本」より 断片的にいくつかの写真を。 夏休みの標本作り、それがとても好きだった。 特別に珍しいわけでもなく どこにでもいそうなそれらを幾度と無く並べ替え ひとつの箱の中に閉じこめる。 子供の頃夢中でしていたその行為は 写真を撮ることととてもよく似ている気がした。
当番ノート 第12期
トン トン 音は扉にじんわりと吸い込まれ、差し込んだ微かな日差しと共に覗いたのは、 しっとりとしたノック音によく似合う落ち着いた男性でした。 「場所はこちらで合っていたかな」 はい、大丈夫ですとねこたくんがエスコートする傍らでみみこちゃんは どうして自分がこの人のことを好きだったのかを、即座に思い出しました。 音を立てずに扉を締める腕の振る舞い、椅子へどっしりと腰掛ける体勢、 彼の所作全てが、十九…