当番ノート 第8期
子供の頃、私はバレリーナに憧れた 家族で観に行ったダンスの舞台で、いてもたってもいられずに舞台の近くまでいってそのダンサーたちの踊りを真似して踊り、 観客の多くは舞台下で踊る女の子を見入っていたという話を聞いたことがある 音楽にあわせ、リビングで母の長いスカートをはいて踊った よくバレエに連れて行ってくれたおばさんと二人、帰り道ダンスをしながら帰った その人は幼いわたしと同じ気持ちで、まるで二人と…
当番ノート 第8期
曾祖父の隠し子から電話がかかってきたのは、真っ白い八月のおやつ時だった。 あなたたちのおじいさま、つまりはわたくしたちの父のことですけれども。ゆっくりと階段を下りるような声音で、隠し子は言った。お骨をいただきたいのです。あなたたち一族のお墓にある、わたくしたちの父の骨を、全部とは申しませんから、半分わたしていただきたいのです。 彼女たちがいう先祖の墓は、蜃気楼が見える北の港町にあった。かつて…
当番ノート 第8期
僕は夕焼けが大好きです。 小学生の頃、よく公園で遊びました。 野球をしたり、缶ケリをしたり・・・ ゲーム機なんてみんなが持っていなかったから 暑い夏の日も 凍えそうに寒い冬の日も よく表で遊んだものでした。 そんな僕は毎日のように学校が終わり帰宅すると ランドセルを放り投げて公園に向かいました。 友達が待つ公園へ。 僕の家はみんなで遊ぶ公園の近くにあったので みんなより早く公園についてしまい、よく…
当番ノート 第8期
骨格を意識した矛盾のない人体を描くことをあきらめ、自分にとってよい画面を作り上げるのが「絵を描くこと」になったのが数年前のことです。 ただ、描いていて楽しい絵が描きたいのです。 最初から最後まで遊びながら絵を描きたいのです。 そうやって画面を構成していく上で、描きたいものを一通り描いても画面が完成しないときに使い始めたのが幾何学模様でした。 いろいろな絵や本から好きな模様を見つけてはノートに描き溜…
当番ノート 第8期
去年の夏、引っ越しをした。 理由は家族が増えたことや仕事場が変わったというよくあることだったのだけど、 とにかく3年半近く住んだ部屋から引っ越しをした。 ひとところにある程度長いこと身をおいていると、 そこはいつの間にか自分にとって心と体を安心して預けられる、 頼りのある居場所になってくる。 部屋そのものもそうだけど、周りの風景や町のしきたりなんかも だいたい自分の見知っているものとして馴染んでく…
当番ノート 第8期
強風に震える花びらたちが次から次へ、絶え間なく枝から離れていく。それらはひらひらはらはらと散りながら、羽ばたく小さな蝶や極小の鳥へと変身し、今一度舞い上がる。 その間にも藍色をした空の結晶化は進み、その硬度と透明度が増し続ける。星ぼしから放射される光は屈折し、分解され、大きさも色の組み合わせも多様なプリズムの橋を成す。 あるものはひょろ長く、あるものはずんぐりとして、あるものは格好の良いきのこ人(…
当番ノート 第8期
ロンドンに行った時のことを、時々思い出す あの時は、ホテルで歯を磨いているだけでしあわせだった 毎日ひたすら歩いて、何もかも新しい景色にどきどきした 一人だったので朝は早くから動いて、夜は日が暮れるとホテルの近くのM&Sでワインを買いBBCを見ながらすぐに眠った 何をしたかと思い返せばひたすら歩いて、歩いて、歩いた そして疲れたと思えばパブでおじさんに並んでビールを飲んだ 地下鉄のエスカレ…
当番ノート 第8期
金庫は家の奥深くにしまう秘密の存在で、玄関先に飾るものではない。金庫は秘密を隠す存在で、空のままで持っておくものではない。しかし、われらが祖先においては、その限りではなかった。 一面ガラス張りの祖父邸の玄関、光に満ちた世界の中心に、金庫はあった。祖父を訪れる客人の誰も、シクラメンの鉢とレースをのせた風変わりな台座が金庫だとは気がつかなかった。 世界の安定をつかさどる礎のように燦然と金庫はそこ…
当番ノート 第8期
ぼくであってぼくではない。 ぼくのようでぼくではない。 ひかりがあればつねにつきまとう ぼくのかげ。 ぼくからはなれることのない ぼくのかげ。 かたときもはなれることのない ぼくのかげは いちばんちかいぼくの 過去であり 未来なのだとおもう。
当番ノート 第8期
世のなかにはいろいろな生き物がありますが、そのなかでも妙に気になる生き物があります。 カタツムリに寄生するロイコクロリディウム、虫に寄生する冬虫夏草、胞子で自分を殖やす変形菌やキノコの類い、 こんなものがなんとなく気になって、たまに絵の題材にしたりします。 この生き物たちのなかで特に気になる点は、自分と自分以外の境があいまいであることです。 自と他を区別するもの、それはきっと遺伝子でしょう。 では…
当番ノート 第8期
「21世紀は、27歳で迎える」 これは僕が小学生のときに、 ドラえもんに出てくるような未来の世界を思い描きながら、 指折り数えた魔法の数字である。 同時に、その記念すべき年明けに27歳になっている自分を想像した。 この「21世紀は、27歳で」のフレーズはその数字の単純さゆえに、 大人になってからも思い出すほどずっと僕の中に残り続けていた。 ああ、あと何年か、と。 そしてやってきた2000年の暮れ、…
当番ノート 第8期
「西海のフュフィファルフォスに住む海の民の間には、こんな伝説がある」 …真っ暗い深海を泳いだり、その底を歩いたりしていると、彼方から赤々と燃える火の玉が近づいてくる。次第に、何かが地面をがたごとと走る響きや、みしぎしという軋みが一緒になって聞こえてくる。それらは猛烈な勢いでやってくるが、こちらは金縛りにあって身動きが全く取れない。すると、一人の奇妙な格好をした貝人(かいじん)族の男が、炎に包まれた…