鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
しょぼい喫茶店で開催していた「場の詩プロジェクト」という企画。場で起こるコミュニケーションの言葉に遊びや制限を加えることで、その場のしゃべり言葉の中に詩的なものがあらわれるのを期待する……という他力本願なプロジェクトで、シリーズ化してVol.13まで作った。 その中で、思いついてから実行するまでにいちばん尻込みしたのが、「敬語禁止カフェ」だった。 趣旨は単純、というかタイトルそのまんまで、その日は…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
しょぼい喫茶店に立っていたころ、ときどき「どんな場を作りたいと思っていますか」とか「どういう場づくりを心がけていますか」とかたずねられることがあった。いざそう聞かれると困ってしまう。「作りたい場」のすがたというものが、わたしにはとにかくなかった。 お客さんとして訪れてくださった方の中には、そう言うと意外に思われる方もいるかもしれない。「くじらさんの作る場が好きです」と伝えてくれたお客さんもいること…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
「しょぼい喫茶店」での勤務は、基本ワン・オペレーションである。飲みものやケーキは店にあるものを提供するが、食事は自分で工面していいことになっていた。なので、メニューの考案から食材の買い出し、下ごしらえから盛りつけまで、すべて日替わりの店員たちが自力で行う。わたしも月替わりで夕食メニューを作っていた。 メニューを考えるにあたって、ルールをいくつか決めた。まず、多少量を少なめにするかわりに、アルバイト…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
ひとつの場所に集まることが白い目で見られるようになってしばらく経つ。新型コロナウイルスの流行で、会うことはそのままあぶないことになった。 おたがいが無自覚に他人を感染させる可能性を持ち、誰の唾液も毒とおなじように扱われる。だからみんなマスクをし、レジのカウンターには透明なビニールの壁が張られ、そして、飲食店やライブハウスや美術館は扉を閉めた。 昨年十一月まで週に一回「しょぼい喫茶店」を開けていたわ…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
「ポエムイズマネー」の日には、白紙をたくさん持っていく。それからカラーペン、マスキングテープ、そして、前の晩につくったたっぷりのマドレーヌ。看板にはこう書く。 「詩を書くとあなたの詩でマドレーヌを買えるよ!」 ここは、「マドレーヌがもらえる」でも、「マドレーヌと交換できる」でもなく、かたくなに「買える」だ。だって、今日はポエムイズマネーだから。今晩だけは、詩を書くことがお金のかわりになる夜なんだか…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
「しょぼい喫茶店」と書かれたドアの鍵を開けたら、まずはじめにごはんを作る。わたしがここで働くのは十八時から二十一時半、お酒を飲むお客さんもいるけれど、メニューはごはん一種類だけ。サイズがちょっと小さめになっても、高校生でも払える値段で。カウンターだけの小さな店とはいえ、ひとりで働くにはそれがちょうどいいところだった。 カウンターの中からは入り口が見えないけれど、お客さんがやってくるとドアの音でわか…