「声」

第1期(2012年2月-3月)

ボクには、数年前から憧れに憧れている人物がいる。

彼は世界的に有名な音楽家で、奏でる音楽は、荒々しくて、優しくて、とても素直で誠実だ。
歌詞やいろんな映像を見ながら思うのだけれど、
彼は、とてもシャイで不器用な人間なんだろうなと思う。
発する言葉はときに端的で、いろいろな誤解を生んでしまいそうで、
いろんな事柄に心を揺さぶられては、悪く言えばブレにブレているように見えるかもしれない。

でもきっと彼自身が本当に大切にしている「軸」はぶれていないんだと思う。
それは大樹の幹のように太いものであるのに、周りの「森」がそれを隠している。
きっとそれだけなんだろう、と。
そして、誠実さゆえにいろいろなことに向き合いすぎているのかもしれない。
そして悩んで苦しんで、もがいていたんだろう。

そんな彼にボクは自分を重ねているのかもしれない。
かもしれない、じゃないな。
すごく自分を重ねている。
それでいてボクが持っていない、ボクがずっと欲しいものも持っている。
そんなことも含めて、自分を「投影」しているのだろう。

シャイで人付き合いが苦手な彼、
誠実でクソ真面目な彼、
迷う彼、
絶望から這い上がった彼、
ファン思いの優しい彼。

自分の中にあるいろんな世界が一つ一つに呼応して、ボクの感情を揺さぶる。
ある意味で彼はボクの「道しるべ」なのだろう。
何かに迷ってしまって途方に暮れそうになったときも
彼の音楽、言葉、声を聴けば、何かをつかみとれるような、視界が開けそうな、
そんな気がする。
こんなとき彼ならどう思うかな?彼ならどうするんだろうな?
そんなことを考えている節がある。

彼の「生きる」ということは「歌う」ということなのだろう。
ボクの「生きる」は一体なんだろう?
ボクはまだ自分の「生きる」を見つける旅の途中。

ここの生活も、その途中でいろんなことに出会うためのものだと思っていて、
日曜日も良太君(もう森山君って呼ぶのをやめるわ)と
かおりさんの展示で見た写真で、またいろんなものに出会えた。
それはいろんな人だったり、自分の中の自分だったり。
自分の中の扉がまた一つ開いたよ。ありがとう。

ボクも彼や彼らのように輝けるだろうか?
いつかあんな風に歌えるだろうか?
音楽を志すものではないボクは、歌を歌うことはできないかもしれないけど、
写真や絵でボクの中の「音楽」ともいうべき「声」を発したい。
そうだ、英語もできるようにならないと。
そして、「ありがとう、エディ」って伝えなきゃ。
あ、それくらいなら今でも大丈夫か(笑)

今日のイラストはボクの敬愛する「彼」、パールジャムのエディ・ヴェダーです。

今日はバレンタインだというのに、バレンタインとは縁もゆかりもない男臭い内容でごめんなさい(笑)
バレンタインのチョコ募集中です(笑)