文明とペン

第1期(2012年2月-3月)

今の新しいアパートに引っ越してから2週間目。
相変わらず部屋は片付かないけれど、新しい家から新しい会社のビルへの通勤にも慣れてきた。
高所恐怖症だから絶対やばいと思っていたエレベータにも大分慣れてきて、今週に入ってからはほとんど何も感じない。こうやって文章に綴って改めて冷静に見てみるとなんとなく恐ろしい。慣れは人間の感覚を鈍化させる。

そう、慣れというのは本当に恐ろしいと思う。
IT技術においては近年めざましい発展を遂げ、つい10年前では考えられないような技術に囲まれながら日々生きている状態だ。
最近ではツイッターやFacebookで日々のなにげない情報を共有するのが当たり前になってきているし、メールなんて10年も前から当たり前に使っている。
きっと今こういうものたちがいきなり使えなくなったら、ものすごいストレスをかかえることになるんだろうなと思う。
現に引っ越し前後の2週間ほどは家でネットが使えない状態で、iPhoneや会社のネットワークで代用できるとはいえ、最初は結構なストレスだった。

人間は日々便利なものを生み、恩恵に預かりながらじわりじわりと鎖につながれているのだろう。
得たものは手放せない。
知ってしまったら、もう知らないころには戻れない。
人間とはそういう生き物だと思う。

アパートメントでコラムを書くようになってからコンスタントに絵を描くようになった。
最初はひさしぶりに描くことへの楽しさで勢いに任せて描いていたのだけれど、最近は絵を描くことの難しさを痛感している。
こういうのが描きたい!と思っても自分の画力がついていかなくて描けなかったり。
そういうときは自分の画力のなさにガッテム!となってしまうのである。
写真であればできることが、絵では描けない。
でも自分が写真でやりたいことは、絵で描きたいこととはちょっと違う。
写真ではあまり作り込みたくないんだ。
感動したもの、ビビビッときたもの(古いな)を見たままにフレームにおさめたい。

・・・なんだか緩やかに脱線してしまった。

絵だってパソコンで着色したり線を加工したり、ソフトを使いこなせば大抵なんでもできる。
最近の夜に出回っているイラストを見てみてもデジタル加工されたものの多いこと。
でも、やっぱり手で描くっていいなって思う。
ペンを走らせる紙のやわらかさやツルツルとした手触り、
白い紙に万年筆のインクが染みていくあの感じ。
仕事で浮かんだアイデアは、万年筆でノートに書きなぐることが多い。
頭の中に浮かんでは消えるいろんなことを留めるためにはやっぱり手で書くのが一番だ。
今日新しく買ったモレスキンのノートにもこれからボクの頭の中の断片が刻まれていくのだろう。
あの真っ白なノートがどんな色に染まっていくのか、楽しみだ。

知らぬ間に進化する文明の鎖にがんじがらめにならないように。
文明につかりすぎて馬鹿になってしまわないように。

だから明日からも手にペンをにぎって、白い紙に自分の人生をぶつけるぞ!
(締めがダサいぜ)