さざなみを世間に起こす

第4期(2012年8月-9月)

ぼくが初めて写真展をやったのは、1991年の夏、19歳の頃で、東京・有楽町にあった三菱フォトギャラリーと、大阪西天満のギャラリークオーレというところです。大学の同級生だった小野里昌哉君と坂根広隆君の3人でスペースをシェアして、それぞれ20枚くらいのプリントを並べました。
応援してくれたのは、通っていた大学の当時非常勤講師だった田中仁先生で、今は別の大学で教鞭をとられていますが、未だにおつきあいをさせて頂いています。
その時、田中先生に言われたことが今でもとても印象に残っています。「50人来れば御の字と思え」と。
一日の来場者数ではありません。会期中の延べ人数のことです。
今、ルーニィに来て下さる人数は平日で20人くらい、一週間で150人くらいが普通で、多いときは500人とか800人というときもありますが、
1日20人くらいがちょうど良い気がしています。不特定多数ではなく、不特定ではあるが、作品を間にきちんとコミュニケーションが取れる人を、確実に増やしていくことが大事なことであって、それは、劇的に増えたりはしないものです。だいたい、ぼくたちは所詮普段1~2名で切り盛りしている町の小さなお店に過ぎないギャラリーですから、いちどきに沢山のお客様の相手が出来るわけがないのです。

写真展の成果を未だに来場者数で推し量る人が沢山います。誤解を恐れずに申し上げれば、自分が関わっている展覧会にそんなに沢山の人が足を運ばなくても良いと思っています。近年日本でもアート系の催事の大型化、合同化が巷の話題にのぼる機会が増えていますが、主催者も来場者も、出品する作家達も「たくさんの人に観てもらえる」ということに価値の重心を置きすぎではないかと感じています。毎日足を運んで下さるお客様にきちんと向き合っていたら、一日20人でもぼくだって会場で応対する作家達だって週末の夜には、はっきりいってフラフラです。企業系のギャラリーは一日数百人と聞きますが、ぼくはちょっと無理です。

表現とは常にインディペンデントなものです。世の中の大きな流れに呑まれることなく、そこに立ち止まり、自分の足下から例えば写真家は目に見える形で、いつもとは違った物事の見え方を示します。政治家は出来るだけ多くの人に同じようにメッセージが届くことを良しとするのだろうと想像しますが、ぼくらはがむしゃらに千本ノックの打球の全てに飛びつこうとは思わずに、球筋を見極めながらいくつかだけをきっちりと両手で受け止めてそれ以外は最初から追いかけない。そういう態度でいいんじゃないでしょうか。

田中先生に50人来れば良い、と言われてはみたものの、当時のぼくはこんなものなのかと、初の展示を前に正直がっかりしたものです。実際、会期中に一日誰も来ない日、というのもあったりして、色々へこまされることもありましたが、忘れられない出会いもありました。ひとりはその二ヶ月くらい前に、「デジャ=ヴュ」という写真雑誌にちくわとチンゲンサイを咥えながら上半身裸で白眼を剥く、この世のものとは思えない変なセルフポートレートの作家後藤元洋さんが来て下さったこと。その翌日に前年渋谷のパルコギャラリー「期待される若手写真家20人展」というグループ展で、泡状の物質をフォトグラムした何とも形容しがたい不思議な作品が妙に印象に残った西村陽一郎さんが来て下さったことです。面識も何もないぼくたちの展示をどうして知り得たのかというと、それは、ぼくがおふたりの住所を調べて案内を送ったことと、ぼくたちの展覧会のタイトルが「期待して欲しい若手写真家3人展」という人を喰った様なものであったからだと想像します。後藤さん西村さんとは現在もおつきあいは続いておりまして、未だにぼくのギャラリーで色々な催し物に登場願っています。この2人はぼくが知っているインディペンデントフォトグラファーのひとつの頂点であって、2人とも未だに同じフィールドで制作を続けている。全国区的な知名度は全くないけれど、彼らの新作を待ち望んでいる人は決して少なくはないのです。沢山の人に観てもらいたいと願う人は、なるべくたくさんの人に褒められたいとも思っているともいえます。世間ではそれは八方美人というもので、あちこち物事たてようと辻褄を合わせるうちに自己の表現なんてどこかへ消えてなくなってしまいます。
好き嫌いがはっきりしているくらい先鋭化された表現は、ひとたびかみ合うと受け止める側はそれぞれに自分の思いを重ね合わせ、それぞれがそのアーティストにたいしての格別の想いを持つ、ということになります。それは、作家さんにすればとても幸せな事だと、ぼくは彼らの生き様を傍らでずっと見続けながら感じてきました。

相変わらず、マスメディアの常套句として「大反響」「衝撃の」という形容詞が並ぶのですが、ぼくが親近感が湧くのはそういうことじゃなくて、何事もなく静かに同じ方向を向いている世間というものに、異質な感性の固まりであるアートが入り込む事によって起こるさざなみのような出来事です。