女子どもは日が暮れたら外を出歩けない

第6期(2012年12月-2013年1月)

オペラみにいきます

マルセイユは、女子どもは日が暮れたら男の同伴なしには外を出歩けないマッチョ都市です。

地下鉄や市電は市の一部にしか通っていません。

バスなんか路線によっては夜8時ぐらいでなくなってしまったりします。

タクシーに関しては、「マルセイユのタクシーは運転手のマイルールで運行される」というのは、映画『タクシー』でも世界的にも有名になった事実で、サッカーの試合があると、TGVが乗り入れるサン・シャルル駅では、サッカー場に行く客以外はタクシーがゲットできません。
理由は簡単。
タクシーの運転手さんは、自分のタクシーをバスのように乗り合いタクシーにしてしまうのです。
乗り合い状態の時に乗ったことはないですが、こうやってメーターに表示された料金を乗り合わせた客の人数分とるのだと思います。
何も知らなくて「全部がサッカースタジアムにしか行かないなんてはずはない。きっと乗せてくれるタクシーもあるはず」と大きなスーツケースを複数持って娘と1時間並んだら、あるタクシーの運転手が「今日はサッカースタジアム以外の目的地でタクシーを捕まえるのは不可能だと思う。俺も乗せたくないし。あきらめろ。」と教えてくれました。

自家用車: 私の近所では路上駐車が激しく横断歩道も渡れないほど歩道沿いにびっしりみっちり車が駐車されているので、夜は、車道の真ん中を歩いて帰ってこないと、車の上を歩いて車に囲まれた歩道の中から出てこない限り、家に帰れません。駐車するのも大変だし、有料駐車場の出入り口も、夜はびっしり駐車されてしまうので、結局、使えない。よく、有料駐車場の使用者が、出入り口をブロックしている車の持ち主を呼び出そうと夜中に必死でクラクションを鳴らし続け、やがてあちこちの建物の明かりがつき、瓶や缶や生理用ナプキンが飛んできて「警察よぶぞ!」と脅されていたりします。

警察はもちろんリアル殺人事件で手一杯なので、違法駐車ぐらいでは通報しても来てくれることができません。
(…というかマルセイユには警察はいない」という説もあります)

マルセイユは市の中心に局所的に貧しい移民が集中し治安が悪いところがあるという普通の都市とは逆の人口分布をしています。
車すら持てない貧民が市の中心に集まるということのようです。

だから(これも、TGVの駅が町はずれに近いところにある普通の街とは違いかなり中心に近いところにある)サン・シャルル駅からタクシーに乗ると、早速、スーパーの袋や生理用ナプキン(←しつこい)、人糞らしきもののついたキッチンタオルが風に舞う中、難民のように地べたに座った人たちが、こんなもの売れるのだろうかというようなものを道ばたに並べて売りつけ合おうとしている光景が目に飛び込んできます。

(ちなみに郊外にも高層低所得者住宅がニョキニョキとそびえる治安の悪い地区はあるようですが、そこではアフリカの部族同士が低所得者住宅内で殺し合ったりしていて、「地区」というよりまたひとつ別の国になっているようです。)

比較的、市の中心部に近いところに住んでいる私たちは、徒歩のほうが効率がいいわけです。
しかし徒歩は、夏は灼熱の太陽、冬は耳が凍傷で落ちるようなミストラルで、昼間も大変ですが、夜は「危険」です。

ヒキコモリで家から出てこない私以外、マルセイユに住む独身日本女子はほぼ全員、携帯電話を強盗されています
彼女たちに用心が足りないわけではありません。みんな頑張ってできるかぎり小汚く装っているし、道ばたで地図を広げたりもしない。
女性でしかもアジア人なので弱そうである。狙われる理由はそれだけです。決して治安が悪い地区ではないのに、仕事帰り、夜9時、自宅の前で鍵を探しているところを、目にパンチをくらって強盗されたりするのですからたまりません。
犯人は往々にしてまだ13歳や14歳ぐらいの少年少女だったりするので、本人もテンションがあがりきっていてパニック状態。アイフォンですらない携帯を強盗するのに、相手の目が潰れかねないような暴力をふるったら捕まった場合採算が…とかそういうことは考えないで青春の全力投球なので大変なのです。

オペラ座に行く時は行きは徒歩でいきます。バスを待っているよりも歩いてしまったほうが早いからです。
しかし帰りが問題です。いくら近くても歩いて帰るのは上記のような治安状況では危険なのです。
しかしタクシーは、出遅れると同じ時間に一斉に出てきた客が既に列をつくっていたり、もしくは長く並んだあとやっとタクシーにたどり着いたと思ったら近すぎて次々断られたりします。

最近は、娘も少し大きくなってきたし、ますます赤貧洗うが如しで、オペラのリブレを買ってしまうとタクシー代ももう持ってないので、「怖い怖い」といいながら、二人で全力疾走して家まで帰ります。

ハレルヤコーラス

先日はサン・ヴィクトール寺院でヘンデルの「メサイア」の抜粋の合唱があるというので、行ってきました。

「娘よ、恐るることなかれ。武士の矜持を失わないためにも国王陛下ジョージ二世への敬意を表し私たちだけでもここは立ち続けるのです」

ハレルヤコーラスでは、国王ジョージ二世が、感動のあまり立ち上がり、他の観衆も続々と立ち上がったという伝説(史実は確認されてないらしいし、感動のためでなくハレルヤという神をたたえる言葉には立つものだったので立っただけって説も)に基づき、起立する習慣があります。
寺院は隠居カップルではちきれんばかりだったのに、ハレルヤコーラスで私と娘以外は誰一人立ち上がらなかったのでびっくりしました。
知ってて立たないのか、フランスでは立ってはいけないことになっているのか、と一瞬思いましたが、一曲ずつ拍手していたうえに、ハレルヤコーラスの最後、「ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ (間)    はーれーーーーーるーーーやーーー」の間のところでもみんなパチパチやってたくらいですので、多分、観衆は知らなかったのだと思います。さすがマルセイユです。

(実際はイラストと違って端っこの仮設椅子のほうで後ろに誰もいなかったのでできたことですが…。イラストの中のように「くそー見えんぞ」「FADA!」というののしりもありませんでした。”Putain(g)”,”FADA”という言葉は「畜生!」「アホ」というマルセイユ訛りおよびマルセイユ語です。)

それでもやはりこれだけきっぱりと誰も立たないと自分が間違っているのではないかと不安になりました。

ヘンデルの「メサイア」斉唱は、もともと英国国教会の習慣なので、イギリスに対抗してフランス人は立たないことになっているとか?
今のフランスは王政否定の共和国だから、王様…しかもイギリスの王様の起立を真似するなんて拒否だとか?

家に帰ってから英語・フランス語・日本語で検索をしてみると、この習慣は確かに存在し、そしてこの習慣を一番忠実に守っているのはやはり細かい習慣が好きな日本人らしいのです。

日本のサイトでは教会ではなくコンサートホールなどで椅子の席がいちいちきしってしまったりする場合まで状況に関わらず起立すべきなのかという議論をしている人もいるようですが、それをいったら教会も跪く木の板があって立ちにくいといえば立ちにくい。

しかしハレルヤコーラスで観客が大昔のイギリスの王様の感動を模してドヤドヤと立ち始めるのはコーラスする側からみても気分も盛り上がります。(私は中高6年間英国スタイルのクリスマスキャロルがあったので毎年学校でハレルヤを歌っていたのでした)。
ということで私にとってはハレルヤコーラスの起立はまともな鑑賞態度として不可欠なのです。
たとえコーラスが下手でも、観客が総立ちになると、鳥肌が立つような感動が沸くのです。

そんなわけで私たちは、漢を貫いて(漢じゃないけど)最後まで起立していました。

メサイア抜粋は第一部で終わり、第二部はポップっぽいスタイルの曲で終わったのですが、このときは(ハレルヤコーラス中、口をぽかんと開けて起立した私たちを眺めていた)ご老人たちは満場一致で立ち上がって手拍子を打っておりました。やっぱりマルセイユです…。

夜9時開演の23時終了。これはオペラ座よりも更に自宅に近かったので、二人で怖い怖いと無我夢中でミストラルの中を走って帰りました。