老人天国

第6期(2012年12月-2013年1月)

マルセイユは老人天国です。

マルセイユの旧宗主国フランスのフランス人は太陽が好きです。
年をとって年金生活に入ると太陽を求めてぞろぞろと南下してきます。

今の老人達は、若い頃は働きたいと思えば誰でも仕事があり、一生働けた世代の人たちですので、労働者階級の人たちでも、満額の年金生活をエンジョイしており、そういう方々がうちの近所にはたくさん住んでいます。

みなさんとっても楽しそうです。

ご老人たちを見かけることができるのは、主に、ビーチ、スーパー、路上(犬の散歩中)、住んでいる建物の階段の踊り場などです。

[ビーチ]

前回さんざん書いたので詳細は省きます。失業天国のマルセイユなので一日中ビーチにいるのは老人ばかりではないのですが、堂々と裸体をさらしているのは大抵がご老人です。

[路上]
お年寄りには迅速に道を譲る。もたもたしていると長生きできない。 路上の犬の糞も拾わないのは実は若い人ではなくご老人です。また、ご老人の場合、犬を飼っている率が高い。とくに配偶者に先立たれて一人の場合はなおさら犬は必需品です。こちらでは日本や韓国などの儒教のベースがある国のように「老いたら子どもにひきとって面倒をみてもらおう」という発想がないので一人暮らしの老人は結構多いのです。
そんなわけで老人が多い地区に関しては、代議士たちは、路上への飼い犬の脱糞およびその放置に対する罰則の強化を提案できません。次の選挙で老人票をごっそりと失うからです。

マルセイユの歩道は非常に狭いのですが、その狭い歩道を向こうからご老人が歩いてくるのをなるべく早く察知して、素早く歩道から出て道を譲らなければなりません。ところがこれが難しい。なにしろ路肩にはびっちり駐車してあり、わずかな車と車の間も犬の糞で塗り込められていて、外に出るのが大変だからです。赤ん坊や子どもを連れてもたもたしていると、逃げ遅れて、あえなく「こーのーれーいーぎーしーらーずー」と雄叫びをあげながら老人がふりまわすの餌食になってしまうことがあります。

彼女たちは、杖を持ち、ミッドセンチュリーの時代物のスカートスーツを着ており、長いネックレスをしていますが、太めでお乳が豊かなので、片乳にそのネックレスが常にひっかかっています。若いフランス人は滅多にはかないストッキングをはいており、そこそこヒールのある靴を履いているので、膝から下だけは妙にセクシーだったりします。

先日は、信号にひっかかった車のドアを杖で叩きながら大声で叫んでいる身なりの良い老婦人を見かけました。車を運転しているのは若い女性でびっくりしています。老婦人は「200m先に行くだけだからのせておくれ!」と叫んでいるのですが、なにしろ太い杖で車のガラスを叩きながらなので、若い女性はおびえきってしまって、幸い信号がかわったのをいいことに、パニック状態で車を発進させようとしていました。老婦人は車が動き始めても追いかけながら窓を杖の腹で叩き、「MERDE!(糞) PUTAING! (原義が売女のののしり言葉のマルセイユ訛り) SALOOOOOPPPEE(この売女!!)」と吠え続けていました。
見ている人は誰もとめることができず、みなその場に凍り付いていたのを覚えています。

杖の前にはカラシニコフ銃も無力です。

[スーパー]

 私の住むのはマルセイユの中心市街に比較的近く、車がなくてもぎりぎり生活出来る圏内です。
 ここではスーパーは開店時間中はずっと老人たちで賑わっています。

パリのように現役で働く人が多い都市では、夕方になる前はスーパーは比較的すいているのですが、ここではすいているのはお昼の12時から13時ぐらいです。
フランス人の昼食の時間はだいたい13時ぐらいからが普通なのですが、この地区のご老人たちはどうやら子どものように12時ぴったりに昼ご飯を食べているらしく、その時間帯だけはご老人が少ないのです。

 彼らにとっては食べることが最大の楽しみなので、毎日その日食べる分の買い物に夫婦そろって来ています。
 だからスーパーは不必要に混み合います。
 スーパーで大声で喧嘩をしている老夫婦がいると思うと、だいたいは夕食に何を食べるのかを議論しているのです。
 耳をそばだてると

「鮭が安いわ」
「安いったって昼に食ったばかりじゃないかばあさん」
「だったら今買って冷凍しておけばいいじゃないかねじいさん」と

・・・という何の変哲もない普通の会話ですが、マルセイユ訛りが激しいので喧嘩にしかきこえません

 レジでは、「これだけしか買わないので時間をとらない、前に入れてくれないか」といって、順番をスキップするのも彼らです。
前に入れてあげたが最後、後ろにいくら長蛇の列ができていようと、レジでレジ係とスーパー中にきこえる大声で長話を楽しみ(レジ係もあわてません。体型も態度もずっしりと構えてます)、ためこんだ小銭で全部払おうと1サンチーム1サンチーム財布から取り出して膨大な時間をかけるので、要注意です。

 (しかし、レジ係と長話するおばあちゃんやおばさんについては、アンチ消費者社会、アンチ官僚主義、アンチグローバル主義な新しい価値観である、という見方もあります。機械的に消費者を右から左へ流していくレジではなく、そこで生きた会話がかわされるのです。でも正直こんな生きた会話は迷惑…いやなんでもありません。)

売り物のカマンベールに穴があくぐらい指を押し込むのも彼ら(まあ老人でなくてもみんな触るんですが)ですし、サクランボなどを勝手に試食して口から出した種をまた陳列だな中に戻すのも彼ら。とってもヒューマンです。

 しかし非老人はみなおそれをなして、誰も文句を言えません。老人の数は多いし、しかも彼らは耳は遠く声は大きい。どう議論してもとても勝ち目がなさそうだからです。

 また、スーパーは彼らのコミュニティセンターとしての機能も果たしています。入り口にあるベンチにはいついっても同じおばあさんたちがすわってあたりを睥睨しています。最初は警備・威嚇用の蝋人形かと思ったのですが、何回か見ているうちに、動いて隣のおばあさんとしゃべったりしているので違うとわかりました。

[踊り場]

マンションの踊り場も彼らのコミュニケーションセンターです。

ここでいつも、住民たち(老人)は大声で話をするので、自分のアパルトマンの中にいたままにして、何ヶ月後には光ファイバーのインターネットが建物に入るのだとか、この前、救急車が3階に来たけど倒れたのはそこに住む80代の老夫婦ではなく、32歳の通いの掃除婦さんだとか、いろいろなことがわかります。

それに通りかかった時に少し会話の相手をしたりすると、コミュニケーションも円滑になり、近所関係はなかなかなごやかです。私の不在時には小包を受け取っておいてくれるので便利ですし、私も、激しくドアを叩く者があり大声で叫んでいるので「すわ火事か!」と思って飛び出すと「小麦粉を貸してくれ」と頼まれたので小麦粉を貸した、そして再び自分のことに没頭していたらまた激しくドアを叩きながら叫んでいる者があるので「すわ今度こそ火事か!」と飛び出したらさっきの小麦粉の袋を返しに来ただけだった、ということがよくあります。

赤貧洗うがごとしの状態が長く続いているため少し頭がおかしくなっている私は脳内ブルジョワなのですが、それでもこういう庶民生活の側面は比較的好きです。

先日も、子どもを学校に迎えに行こうと身支度をしていると、踊り場から老人たちの蜂の巣をつついたような騒ぎがきこえてきました。「あんたんとこテレビ映るか?」「いや映らない」などといっています。すると突然激しくドアを叩く者がいる。開けると、そこにはすでに夕方に向けて部屋着姿の隣人が、肩をふるわせ血相を変えて立っていました。息切れもしています。

老「おたく、テレビは映るか?」

私「えーっと、見てないからわからないです。でもみんな映らないなら多分映らないでしょう」

老「今ためしてみてくれないか?」

私「すみません、今ちょっと子どもを学校に迎えにいかないと間に合わないので、すぐ帰ってきますから帰ってきたら確かめます」

(フランスでは10歳ぐらいになるまでは保護者もしくはその代理による子どもの送り迎えが義務です。時間を守らないフランス人でも学校の送り迎えの時間だけは厳守します。そうでないと、遅刻すると子どもは学校に入れてもらえないし、時間通りに迎えにいかないと、先生が居残って子どもと一緒に親を待ってくれたりなどはしません。そもそも学校が終わると真っ先に校門から出てくるのは先生なぐらいですから。学校は、時間通りに迎えに来ないと警察に子どもを遺棄として引き渡すそうですが、逆に言えばそれぐらいしないとフランス人は時間通り迎えにこないということでもあります)

老「テ、テレビをつけるぐらいできるだろうっ!」

でも、私は家の中では靴脱いでるし、もう出かけ自宅でブーツ履いちゃったばかりだし、それにテレビは普段見ないので、多分リモコンを探したりテレビのアンテナケーブルを差し込んだりするのに時間がかかっちゃうのです。

私は「ごめんなさい」といって走って逃げました。

おじいさんの怒号する声が後ろから追いかけてきますが、子を放っておくわけにはいきません。

マルセイユ都市部の老人たちは、食事の買い物、食事の支度、食事の片付けをしている時間以外はどうやら一日中テレビの前に座っているようです。その証拠に、子どもの誕生会などして少し騒げば「テレビを見るのに邪魔」と苦情が来るし、用事があってドアをたたくと「やあ、今テレビを見ていたところなんだよ」と出てきます。だからテレビがうつらない、というのは彼らにとっては死活問題なのです。多分。

[性生活・恋愛生活]  ←唐突ですが。

老後

↑東京とマルセイユを比較するとこんな感じでしょうか。

マルセイユは北アフリカなので、窓の外にすぐ洗濯をつるす紐がはってあって、その紐に、つまり窓辺に洗濯物を干します。住んでいる建物で、洗濯物を干す時に上下左右の洗濯物を見ることができるわけなのですが、みんなご老人なのに、女性の下着が派手でセクシーですごいです。
サイズは大きいけれど。 

しかもそれが時々落ちてくる。

ドアを激しく叩いて叫んでいる人がいるので「すわ火事!」と思って飛び出すと、上の階のマダムがたっていて「私の洗濯物がおたくの洗濯物の上に落ちてしまったのだけれども」というので、見に行くと、赤地に黒レースでぶりぶりのブラジャーやショッキングピンクの極細ストリング(でもサイズはうちの子が縄跳びできそうなほど大きい)が、洗濯紐に広げた私の股引の上に落ちていたりするわけです。

いくつになってもみなさんセクシーであるための努力は怠らないようです。

ただ一つ共通点があります。

それは、元一流企業勤務だったかもしれない東京のリストラ老人にとってもマルセイユで年金生活をエンジョイする元ブルーカラー老人にとっても英語というのは言語ではなく商品についているただの飾りなので、何が書いてあろうと気にしないで身につけるということです。絵の中のバッグやTシャツは全て私が東京とマルセイユで実際に目撃したものです。

ちなみに間違えて「再婚」と書いてしまいましたが、厳密にいうと「結婚」はしないかもしれません。
フランス法に基づく結婚は日本での結婚とは比較にならないぐらい重く、離婚がおそろしく大変なので(自分が離婚で苦労した旧大統領サルコジがかなり簡単にしたのですがそれでも重い)、一回でも失敗した人は、あとは滅多なことでは「結婚」はしないからです。このことについてはいつかまた別の機会に。