裸体について

第6期(2012年12月-2013年1月)

マルセイユ市内バス車内ポスター
マルセイユ市内バス車内ポスター

これは真冬のマルセイユのバス車内に下がっている啓蒙ポスターです。

「ビーチでは水着を、バスではT-シャツを!」

マルセイユを知らない人には一瞬意味がわからないかもしれません。

マルセイユでは道行く人は老若男女ハダカです。このことは常に私はインターネットを通し世界に訴え続けているのですが、なかなかみなさん信じてくれず、誰も助けにも来てくれません。そこで今回このような証拠写真を提出させていただきました。

ハダカはこの地の土着民の慣習です。ですがマルセイユは2013年「ヨーロッパの文化の首都」宣言をしています。それでもう1年以上も前から、街中、大工事をしていますが、そこはマルセイユのことなので、日本では1週間で施工完了な工事も何ヶ月も半年も何年もかかります。2012年12月17日現在の時点において、市内はまだ道路の大工事だらけ、まともに通れる道がありません。バスの経路も毎日のように変更されます。そしてそれはバス停にもどこにも書いてないので自分でその場にいって目で見て探すしかない。しかも全ての工事に対し工事反対だの騒音迷惑だの住民の訴訟が起こされているそうで、絶対2013年には終わりません。
 ………ハダカに話を再収束しすると、文化の話をする前にそもそもまず文明が存在することを示さなければならないわけで、せめてマルセイユ交通公社だけでも「公共の場で常に全裸は異常であり非文明的である」とマルセイユの事態を認識し、啓蒙の必要を感じているようで、私は内心安堵しました。

まあ要するに、「ビーチでは水着を着て下さい!」と必死で訴えているこのポスターからも分かるようにマルセイユのビーチではみんな水着を着ていないのです。

バーサンがビーチクを出しているマルセイユのビーチ

ビーチでみんな服を着ていない、というと誰しも、均整のとれた美しく若いナチュラリストの男女が、「あははは」「ほほほほ」と笑いながらキラキラと走っている素敵なナチュラリストビーチの光景を思い浮かべたいと思いますが、おばあさんたちばかりが堂々ビーチクを出しているマルセイユのビーチの厳しい現実はそうしたいかなる牧歌的な幻想もザッハリヒカイトに打ち砕きます。
 全裸で脚をくわっとおおらかに灼熱の太陽に向けて広げた人たち。入れ墨を入れた彼らの皮膚は、日焼けで真っ黒に焦げ爛れてもとの形もわからなくなっています。彼らは殆どがご隠居ライフを謳歌する60代70代以上の方々です。脚の間に吹き寄せられたかのように鎮座してもはや男女の区別もつかぬ皺のよった灰色の肉塊は見ても面白くもおかしくもない。こうした裸体が性的な記号としての意味を既に完全に失っているのは言うまでもないのですが、たとえ性的身体でなくても日常の風景として耐えうる限界のラインを往々にして突破しているように思います。ビーチを歩く時も目のやり場に大変困って迷惑ですが、外人の私たちは地元民には逆らえない。アポロンもヘリオスも黄金の車から地に墜ち天照大神も天の岩戸にこもってしまうであろう光景ですが、それでもマルセイユの太陽はたくましく彼らの肌を焼き続ける。かれらもそれをありがたがり、ヒダをのばしのばし、皮膚の隅々まで焼くことに専念するのです。

フランス人の間でも大昔は白い肌は高貴な身分や美の象徴でした。チェンバロのキーはそれを弾く令嬢や令夫人の指を白く見せるために黒だったし、印象派の絵に見られるように日傘だって昔はみんな差して肌を守っていたのです。女性がパリの路上で尻を捲くって大便をするのはOKでも、のちの時代になって登場する水着のようなものを着て肌を公の場で肌を露出するのは下層民(洗濯女の肌脱ぎのようなケース)以外は絶対NGだった時代だってあったのです。それが変化しはじめたのは「リゾート」という観念が19世紀末から20世紀初頭にかけて登場してからのことです。それ以来、徐々にフランス人の頭の中では、「夏の焼けた肌=バカンスにリゾート地に行ける豊さの象徴」となっていったのでした。夏が終わって、バカンスから帰ってきた時になまっちろいのは貧乏臭いというイメージのようです。ああでもよく考えてみるとマルセイユ人はフランス人ではありませんでした。話を混ぜ返してしまってすみません。

 とにかく、このような「豊かさを象徴する日焼けへの憧れ」はもちろんマルセイユの庶民もビーチに駆り立てます。ビーチに出て、とにかく、ひたすら、ひたすら、焼くわけです。
 しかし彼らが肌を出して焼きたがるのはこれだけが理由だけではありません。

 マルセイユにはイスラム教徒がたくさんいます。北アフリカなのでこれは当然至極のことなのですが、ここの住民の中では少数派である旧宗主国フランスの残留フランス人たちはイスラム教徒が多いことを脅威に感じるようです。また、自分たちがまだイスラム化してないことをとても誇りにしています。(私たち日本人から見ると、正直、マルセイユのフランス人は外見も行動も訛りもアラブ人と寸部の差がないようにしか思えないのですがそれを言うとみんな怒るので内緒です。)非イスラム系マルセイユ人にとっては、肌を露出することは、自分がイスラム教徒でないことを主張するという大事な意味もあるのです。肌を露出すれば露出するほどイスラム度の低さがアピールできるというわけです。

 しかしここは北アフリカ。暑いのでイスラム教徒だってたまりかねて肌を出す人は出します。そうなると自分をイスラム教徒から差異化するためにそれに対抗してもっと肌を出さなければならない。イスラム教徒がTシャツと半ズボンなら自分は上半身ハダカと海水パンツでいこうじゃないか、イスラム教徒が上半身裸で海水パンツなら自分は全裸でいこうじゃないか、と最終的には全裸にならざるを得ないわけです。

マルセイユでは誰も日傘という言葉を

(ちなみに髪に関しても同じで、オードリ・ヘップバーンのようにスカーフを髪に巻いたりするのも、今の非イスラム系フランス人のみなさんはしません。髪を覆う=イスラム教徒というイメージが強いようです。帽子はその限りではないものの、カンカン照りでも帽子すら被らない方のほうが多いです。)

 これは紫外線の恐ろしさを知る私たち日本人には完全に不可解な行動です。みんな麻薬取引のチンピラの市街戦対策はするのに、なぜ紫外線対策は全くしないのか? マルセイユでは日傘を差して歩いているだけで「傘なんかさして」とからかわれます。マルセイユ人には「日傘」という言葉も概念もないのです。この地では、紫外線に関してはむしろ日本人はアラブ人と理解しあえる部分が多いでしょう。紫外線対策においてはアラブ人のチャドルやブルカに日本人はみな一目おいています。確かに内戦中のマルセイユは毎日のように市街での銃撃戦による殺人がありますが皮膚癌で死ぬ人のほうが未だに多いのではないか?(統計見てないけど) マルセイユ市も皮膚癌の治療にかかるコストが増大し続けるのに気が付いて「紫外線はお肌に悪いのです。皮膚癌になります。肌を太陽から守りましょう。表に出る時は服を着ましょう」などと時々思いついたように市民に呼びかけパンフレットを作ったりしてみてますが、作ってる本人たちも全裸ですし、誰もそんなパンフレット見ていません。

 マルセイユのビーチで日本人の友達と会う約束をすると、どんな畳鰯状態になっていても大抵の場合すぐに相手が見つかります。ビーチにびっしり寝そべる全裸の人たちの視線の先をたどればよいのです。その先には、必ずヴェールを被ったイスラム教徒かもしくは日傘帽子サングラス手袋長袖長ズボンの全身UV対策フル装備の日本人がいます。(ただし、その日本人の友人が、紫外線対策に対する白い目に耐えきれず現地化している場合はその限りではありません。一生懸命探していると、マルセイユの地元民と同様全裸の相手が、完全防備の私を見つけて手を振ってきたりします。)

夏の紫外線対策+冬の防寒具(ミストラル対策)
海岸に出かける身支度をしたマルセイユ在住の日本人女性(埼玉県55歳主婦)

以前大統領だったサルコジがイスラム教徒のヴェールの規制を強める前は、マルセイユの日本人女性は、ブルカ(イスラム教徒の女性がすっぽりかぶるヴェールで顔も隠れる)を購入してUV対策にしており、これは大変便利だったのです。私が滞在許可証更新のために朝4時から県庁に並んだ時、前に並んでいたアルジェリア人女性が「ブルカはイスラムでは極端に醜い人と極端に美しい人しか被っていけないことになっている。醜いというのは普通にブサイクとかいったレベルではなく目鼻が足りないとかそのレベル。私はブルカはかぶれない。かぶったら自分のことをものすごい美人だと思っているというふうに周りに思われちゃうから」と説明してくれましたが、私たちは日本人なのでそんなの気にしないでかぶれます。なかには、日本に帰国しても持ち帰って自転車で買い物をするときの日焼け対策にかぶっている方もいらっしゃいました。しかしこの地で禁止されたとなれば、禁止されたものを着用しつづけるのは我々日本人の遵法精神がゆるさない。

UV対策代替案として、現在、マルセイユに住む日本人はみな紫外線の強いビーチではキャットスーツを着用します。確かに真夏のビーチでのキャットスーツは暑くて苦しい。しかしこれで皮膚癌が避けられるならばこれぐらい何でもありません。 更に冬はマルセイユはミストラルという南仏独特の強風が吹きそれが骨身にしみるほど冷たいので、キャットスーツは冬の防寒具としても大変便利です。冬、市内バスに乗る時など吹きさらしのバス停で20分ぐらい普通に待ちますので、一度キャットスーツを着てしまうともうあとは冬のバス待ち時の必需品となります。

マルセイユ市内バスの車内の光景

車内ポスターに話を戻しますと、「バスの中ではT-シャツを着てください!」という呼びかけからお察しの通り、マルセイユのバス車内ではみな服を着ていません。左図のように服を着ているのは私だけ、という状態です。

とりわけ要注意の凶悪路線は海岸線沿いを走る「83番線」です。夏の83番線では砂だらけの裸体でもみくちゃにされますので、決して、高級な服や着物、とくに白い服を着て乗ってはいけません。この地では白という色は運転手付きリムジンと自家用ジェットで移動する一部のお金持ちのみが着る特権色なのです。なぜなら、庶民が徘徊する場所は悉く汚く、服を汚すので、白では汚れが目立つからです。マルセイユ市内バスの全てプラスチックの座席(これはもちろん座席が犬の糞で糊塗されたらホースで車内を丸ごと洗えるようにです)はもちろんのこと、TGVの布のシートまでみな平気で犬の糞を踏んだ足を靴ごとのせてリラックスしたりしています。

また話がとりとめなくなってきたのでこのあたりで今日は終わりにいたします。
長々読んでくださった方ありがとうございます。
また来週。