物理法則

第8期(2013年4月-5月)

作為のない絵を描きたいと思うことがあります。

絵なんてものは100%が作為なので、それならば何にも描かないほうがいい、ということなのでしょうか。

私が描きたいのは、なにかのひとつの法則、ひとつの主張、ひとつの流れ、が、そのまま結晶になったもの、というか。

私は鉱物標本が好きです。
それは、否応なく作り上げられた塊、物理法則がそのままかたちになったもので、その純粋さがうらやましい。成長過程がそっくりそのまま固形物として、死んでも生きてもいない状態で残っている、しかもそれが美しい、となるとうらやましいとしかいえません。

そっちのステージに少しでも近づきたいというねたましいような気持ちで、こんなとりとめのない絵を描いています。

わたしは、とりとめのない絵を描くとき、無意識になにか決まり事を作って描き始めます。
たとえば、一度描いた線を踏まない
たとえば、描き終わるまではけして紙からペンを離さない

そんなことで、自分にしかない法則性を形にできないだろうか、美しいものが作れないだろうかと、
すがるような気持ちでコピー用紙にペンを走らせるのです。